top of page

ラバ・シネマ

1.春・金曜午後8時、羽根川シネマにて 『久しぶりー!サチ』 ふいに、高校の時の同級生からメッセージが送られてきたのは、春先の暖かくなってきたころだった。 文字の後ろに、ぽむぽむとしたかわいらしい動物の画像がついている。...

ヒューマンプール 短編集

1.ノア 「みんなと仲良くね」 これが母さんの口癖だった。 僕は、自分の容姿がこの国でどういう受けとられ方をするか、わかっていた。 自分と違う黒髪や、落ち着いた髪色がたなびく国。 自分と違う黒や栗色の瞳が捉える世界。 自分と違う肌色が日を浴びる世界。 「みんなと仲良くね」...

ヒューマンプール

07:30 ジリリリ... 今日もアラームを止めて、マチは目覚める。 いつも通りの朝。 いつも通りの服。 ただ、今日は少しだけ、いつもと違うことがある。 「お財布、携帯、ハンカチ、ティッシュ... 」 マチは綺麗に光を反射する水色のカードを陽の光にかざし、微笑んだ。...

デナトニウムの放課後

今でも僕は、本棚に佇むある一冊の本を眺めて顔を顰める。 顔を顰めた後、ため息をつきながら、 その本を開くのだ。 △▽△ 「おはよう」 最近、登校の道でよくこいつに声をかけられる。 篠田凛子。 顔を覗き込むようにして挨拶してくるので、僕は毎度少し驚いて立ち止まる。...

週末の宙返り

毎週金曜の夕方になると、自然と向かう場所がある。 その一。スーパーで使わなくなったダンボールをもらう。 ここに並んでる缶づめを買った時もあったけど、全然見向きもされなかった。 まるで媚を売ってほしかったみたいで恥ずかしくなった。 その二。読みかけの本を用意する。...

この星より少しだけ

昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。 教師は教材をとんとん、と机の上でそろえて教室からいなくなる。 教室のみんなは伸びをしたり、購買に走ったり、友達と談笑したり。 それぞれに動き出す中、私は携帯を手に屋上へ向かう。 生徒手帳に挟んであるメモを丁寧に伸ばし...

雨と肺

ビルの外階段の踊り場。 我が社の愛煙家にとって、つかの間の楽園である。 煙を吐きながら、体の力が抜けていくのを感じた。 命が縮まろうがどうでもいい。 この煙で肺を満たして、今、この瞬間が満たされていればいい。 そのままなんとなく、向かいのビルの屋上に視線を投げる。 「あ?」...

彼方に行った君へ

桜の盛りを過ぎたころだった。 「僕は行くよ」 君は僕だけにそう告げて、いなくなった。 学校では生徒会長という立場だった君がいなくなって、しばらくは生徒会のメンバーが忙しそうにミーティングを重ねていた。 家族が教師と話しているのを見たが、現実を受けとめられず戸惑っているように...

明け待ち海と寒がりな僕ら

雪が海にも積もるようになって、何年経つだろう。 原因はわからない。 溶けない雪はただ降り積り、氷河のように大海を彷徨う。 天気予報では、それまではなかった水位に加え、雪位も表示されるようになった。 「あのさ」 君は僕の隣にたたずみ、雪の漂う海を見つめながら言った。...

プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ④(完)

1.黒い部屋のワルツ 「うわっ…黒っ…」 黒い男の部屋は、やはりというかなんというか、何もかも真っ黒な部屋だった。 「コラ、そこのガキ、本部走り回った服でソファに腰下ろすな。汚れがつくだろ」 ソファに腰かけそうになっていたキーくんは立ち上がり、ミミコさんの横に立った。...

プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ③

1.ブラックボックス0.9 「うわぁ」 僕は、ガラスの向こうの景色を見て思わず声をもらした。 黒い空。 遠くに地球。 ガラス管で覆われた街。 「あっはっはっ!キーくんは、火星に来るのはじめてだもんね」 ミミコさんが偽造された惑星パスポートを渡しながら言う。...

プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ②

1.口先の攻防@火星 気づくと、そこは暗くて狭いどこかだった。 膝を抱える形で押し込まれている。 下から、地面の振動が直に伝わってくる。 私は一瞬怯んだ後、目の前の暗闇をだんだんと殴った。 「うおっ。おい、暴れるんじゃない」 ふざけるな。...

プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ①

その日は突然来た。 「こいつの身柄は惑星管理局が預かった」 そう言って、黒い男はあの子を攫っていった。 60日も前のことだ。 ▽ 0.登場人物紹介 胡桃菊郎(くるみきくお) 15歳。高校生活初日の登校中に幼馴染を宇宙管理局に攫われる。 街角桜子(まちかどさくらこ)...

ブンコウ!心の春を描く編

「皆!この季節がやってきたよ!」 部長は勢いよくペラの企画書を机に叩きつけた。 「バレンタインッ!」 しーん。 文芸部の部室は静まりかえっている。 部長は4人のきょとんとした表情を確認して、再び手を振り上げた。 「バレンタイ」 「二度もやらなくていいわよ」...

道ゆき花の歌 番外編 髪と鋏のあとさき

これは、夏の眩しい日。 東桜家の因縁に決着がついた後、円と美芙由がナツクの家を訪れることができなかった頃の話。 「いってきまーす」 鹿乃目は、畑に向かおうとしたナツクの髪を引っ張った。 「いったたたた…何するんですか師匠!」 「お前、この髪どうした」...

道ゆき花の歌 伍 角左衛門(完)

序 幼い頃、 「かくざえもん様、みふゆでございます」 角左衛門とそう歳の変わらないその子は、自分の名前に敬称をつけて呼んだ。 綺麗な色の着物を着ているが、根は内気なのか声が震えている。 後継ぎである自分とは腹違いだから。男ではないから。...

道ゆき花の歌 肆 円

序 物心ついた時には、回右衛門は闇の中にいた。 正面の柵以外を壁で囲まれた座敷に、寝るための布団と机、排泄をするための蓋付きの桶。光は灯籠の灯りだけ。 そこに回右衛門と、老いた従者が1人いた。 従者は、コンと名乗った。側にいて世話をしたり、文字を教えたりしてくれた。...

道ゆき花の歌 参 美芙由

序 「本日のお召し物は季節の花をあしらった上物です」 「本日の晩御飯は、近海で取れた新鮮な鯛を焼いたものです」 「本日いらっしゃる客人は、お父様と縁が深くいらっしゃって」 いつも、人に決められた物を当たり前のように享受していた。 安心で安全で、品のいい物たち。...

道ゆき花の歌 弐 鹿乃目

序 十代の頃、鹿乃目は幼い頃から通っていた道場を破門にされ流れ者になった。 理由は、女関係が派手なことだった。 そんなことかと半ば拍子抜けしながら、鹿乃目は道場を後にした。 各地で女の家に世話になりながら、道場に乗り込んでは強い者を蹂躙して倒す。それだけが楽しみだった。...

道ゆき花の歌 壱 ナツク

序 じりじりと肌が焼ける。 喉が枯れて声が出ない。 家の外に放り出されてから、一刻は経っていた。 意味がないことを察しながらも、ナツクは力なく戸を叩く。 「お前はなぜ生まれたんだろうな」 父の口癖だった。 そんな時、ナツクは何を言ったらいいか分からなくて、黙って父の目を見つ...

1
2
小説: Blog2
bottom of page