ブンコウ!心の春を描く編
- みうらさここ

- 2022年5月1日
- 読了時間: 7分
更新日:2023年9月11日
「皆!この季節がやってきたよ!」
部長は勢いよくペラの企画書を机に叩きつけた。
「バレンタインッ!」
しーん。
文芸部の部室は静まりかえっている。
部長は4人のきょとんとした表情を確認して、再び手を振り上げた。
「バレンタイ」
「二度もやらなくていいわよ」
さっぱりとしたショートカットをなびかせ、美乃留は部長の手を止める。
「どきどき♡恋物語企画…?」
みどりはペラの企画書を覗き込み、キラキラと目を輝かせるまなことうんざりした表情の渋谷を交互に見た。
1.恋愛初心者たちの動揺
「いや…このお題、うちで得するの一人だけだろ…俺も描けねえぞ、恋愛感情がメインの冊子の表紙なんて…」
渋谷はほほを引き攣らせながら机から椅子を引いて離れる。
「渋谷くん陰キャだもんね!恋愛なんてしたことないよね!」
「俺はインドア派だ」
美乃留はうさんくさそうな顔で部長を見る。
「また普段絶対読まないくせに変に恋愛小説でも読んで感化されたんじゃないの?」
顔が赤くなる部長。
みどりは昨年の文化祭での、部長と先代部長とのやりとりを思い出していた。
『絶対、追いつきますから。同じ景色を、並んで見ますから。だから、そこで待っていてください』
そして最近部長が読んでいたのは、自分が書いた物語を通して好きな人にプロポーズする恋愛小説。
これは。
もしかして。
「もしかして部長、自分で書いた恋愛のお話を通して先代の部長にこくは」
「ワァァァァァワァァァァァ僕何も聞こえないなァァァァァァ!!!
じゃあそういうことで、締切今月末で一人5ページから10ページでよろしく!!じゃ!!」
ばびゅーん、という音と共に部室を後にする部長。
「豊作の予感」
頭を抱える文芸部員の中、まなこだけが変わらず目を輝かせていた。
2.そもそも俺らに春は来るのか
「この中で、恋愛経験あるやつー?」
渋谷が尋ねるも、部員は各々目を逸らすだけだった。
「…よし。目黒、新宿、なんかいい感じの雰囲気作れ」
「なんで私が男役なのよ!あんたがやりなさいよ」
「俺女と口聞いたことねぇんだよ」
「ちょ…私たちのことなんだと思ってるわけ?」
「仲間」
ぐっ、と息を詰まらせる美乃留。渋谷は最近、美乃留の扱い方がよく分かってきたらしい。
「大体、やるなら私とみどりでしょ。まなこはもうすでに好きな相手がいるんだから」
「…いる。ブレない。」
「いやいやいやいや!
私もファンタジーで少年少女の心のふれあいを読むのが至上っていうか、
あんまり生々しいと嫌っていうか、
現実には興味がないので、お役に立てないと思います!」
あわあわと手を動かすみどりに、なんとも言えない視線を送る3人。
「山手って緊張しいだし丁寧だけどはっきりもの言うよな…なんだよ現実には興味ないって…お前、それあれだぞ。10年後に後悔するやつだぞ」
「あんたは誰の気持ちを代弁してんのよ」
美乃留はため息をついて、ペラの企画書を指差した。
「とにかく。
まなこ以外の私とみどりはなんとか恋愛小説を書く!あんたは恋愛感情表現を学ぶ!以上!」
「そんな…私の妄想力をフル活用しても欠片も浮かんでこない…恋愛…れんあい…レンアイ…」
「くそ…俺の芸術活動もここまでか…」
それぞれ机に突っ伏す二人を横目に、軽快にキーボードを弾き出すまなこ。
美乃留はため息をついて、部室から出た。
「さぁて、どうしようかしら」
3.別にいいけど(よくない)
なんだか最近、下級生の女子生徒に告白される機会が増えた。
髪を切る前は男に告白される方が多かったしそれで同性に気を使うことも多かったので、別にいいのだが。
「それにしたって多すぎる…」
美乃留は帰宅早々ベッドに突っ伏した。
下駄箱にはファンレターと手作りのお菓子。
体育の授業には見学する女子の大群。
いつ何時も送られる熱視線。
「男よりは人間関係めんどくさくならないからいいんだけどね。いいんだけどね。いいんだけど」
よくない。
非常によくない。
という訳で、美乃留は最近恋愛感情というもの自体に辟易していた。
そもそも美乃留は恋愛に夢を持つ暇もなく常に夢を持たれる側だった。
そんな自分に、純愛の恋愛小説なんてどだい無理な話である。
「あ、これ逆手に取ろうかしら」
別に恋愛小説だからって純愛ものじゃなくてもいい。
こんな自分にしか描けない、こんな自分だから書ける話があるのではないだろうか。
「ふっふっふ…待ってなさい部長…。
今度こそあんたの鼻を明かしてやるわ」
先ほどまでの疲れはどこへやら、美乃留は腕まくりをして筆記用具を手に取った。
が。
1時間たってもその手は1ミリも動かなかった。
「か、書けない…そもそも逆手に取るのは基礎がないとできない…
そして私は恋愛経験…皆無」
ちーん、という音と共に、美乃留は机に突っ伏した。
4.納得いかないけど(納得いかない)
「っぁぁぁぁ…納得いかねぇ」
家で頭を抱えながらラフを書き殴っているのは渋谷。
主に文芸部の装丁を担当しているこの男、芸術バカだが人間関係において壊滅的にいろはを知らない人間だった。
「いや待てよ。これ、色彩次第でなんとかなるんじゃねぇか…?恋愛ってなんかこうあれだろ、甘いけどしんどいみたいな感じだろ…たぶんあの…もうピンクと赤入れときゃいいか…いや待てカラー印刷は予算が足りねぇんだった…ハート?ハートマーク入れときゃいいか…?」
数々のコンクールで受賞したとは思えないセリフの数々である。
「わっかんねぇ…そもそも恋愛に美しさを感じねぇ…なん…必要かその感情は」
世の中のカップルに刺されかねない愚痴を吐き出し、今日下校する時に突然現れた部長の一言を思い出す。
『大切な人を思い浮かべればいいんだよ』
「いや、だから今はあいつら全員大切だっつうの」
「はっ!!!今、渋谷くんがデレた気がする!!!」
部長は自宅で、資料の山から身を起こして拳を突き上げた。
5.なりきってみよう(みない)
「さー!ほら!適当に合わせてみよう!男女で二人いれば何か生まれるから!」
行き詰まった部員のために、部長が作ったのはあみだくじだった。
そして、なぜか部員ではない男が二人、文芸部の部室に呼び出されていた。
「こんちはーお久しぶりでーす」
演劇部の水田がへらへらと笑いながら手を振る。
水田は、去年の新入生歓迎会で音声劇を手伝ってくれた演劇部のメンバーの一人だ。
そして。
隣に立つ人物を見た瞬間、部長以外の背筋が凍った。
「…おい、話が違うぞ。俺は真剣な相談があるからと聞いてきたのだが」
((((生徒会長、来てるんですけど…!!!?))))
「み、美乃留さ、お茶!お茶!」
「そ、そうよね!こんな予算を握る…じゃない、課外活動のボス…じゃない、生徒会のVIPが来てるんだもの。
何か接待…じゃない、賄賂…じゃない、
おもてなししなくちゃね!」
「おい、全部漏れてるぞ」
会長はため息をついて、それで。と続けた。
「俺は何をすればいいんだ」
「よくぞ聞いてくれました!美乃留ちゃんとみどりちゃんとあみだで組み合わせを決めて、
カップルになりきってほしいんだよー!」
「「ハァァァァ!!?」」
叫んだのはみどりと美乃留だった。
「ふ、ふざっけんじゃないわよ誰がこんな堅物とふにゃふにゃ男」
「ど、ど、ど、ど、どこをどう考えたらそうなるんですかーーー!」
「だって君たち恋愛偏差値ゼロじゃない!となれば、人工的にそのシチュエーションを作り出すのがいいじゃない!
それを客観的に渋谷くんに観察・表現して貰えば一石二鳥じゃない!」
ぐっと親指を突き出す部長に二人が食ってかかる。
「いいわけないでしょ!」
「そ、そうだ!演技力のある水田さんが女子高生役をやって、会長が彼氏役をすればいいんじゃ」
水田はふにゃりと笑って頬をかく。
「俺はいいけど、会長さんは芝居好きなわけでもないしねぇ」
「俺は結婚する相手以外と交際するつもりはない」
「ほら!ほら、堅物だったでしょ!私の目に狂いはないのよ!」
「さっきからナチュラルに失礼だけど、新宿お前大丈夫か」
渋谷はため息をつきながら、パン!と手を叩いた。
「じゃああれだ、水田と俺でカップルを組めばいいんじゃねえか?」
「え、渋谷くんはちょっと…」
「なんでだよ!俺にも恋愛感情味あわせてくれよ!」
「だって会話続かなそうだし、心開くまでに結構かかりそうだし、性格めんどくさそうじゃないスか」
「なんで俺告白する前にフラれたみたいになってんだ!」
じゃああれは!
これは!
それは!
数々の案が出されては却下されていく中、まなこがすっと手を上げた。
「ここは私にまかせんしゃい」
6.発行
あれやこれやあってできあがった恋愛小説特集冊子は、作家それぞれ個性が色濃く出た作品に説得力のある恋愛要素が合わさるような内容が多かったという。
「文集読みました!面白かったです!今回はなんだか個性豊かでしたね!」
文集を手にした後輩に、美乃留はほほを引き攣らせながら微笑みかける。
「色々あってね…」
◇◇◇
「これは王道。これは問題作。これはサイコホラー恋愛モノ。これはエログロ恋愛モノ。これはスポーツ恋愛モノ。これは王道BL。これはマイナーBL。これはヒューマン系。これは王道GL。これはマイナーGL。これはビジュアル系恋愛モノ。これは異世界系恋愛モノ。これは歴史系恋愛モノ。これはサスペンス恋愛モノ。これは乙女ゲームの小説版。これは少女漫画の小説版。これは」
まなこの部屋で一晩中ぎゅうぎゅう詰めになり、美乃留とみどりと渋谷はひたすら読んだ。
ありとあらゆる恋愛小説を。
「恋愛も、奥が深いわね…」
「何がですか?」
なんでもないわよ、と言って、美乃留はふらふらと教室へと歩いていった。



コメント