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この星より少しだけ

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年5月1日
  • 読了時間: 3分

更新日:2023年9月11日

昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。

教師は教材をとんとん、と机の上でそろえて教室からいなくなる。

教室のみんなは伸びをしたり、購買に走ったり、友達と談笑したり。

それぞれに動き出す中、私は携帯を手に屋上へ向かう。

生徒手帳に挟んであるメモを丁寧に伸ばし 爽やかな筆跡で書いてある番号に かける。

「はいはーい」

あまり間を置かずに、あの子は電話に出た。

「なに、この時間にかけてくるの珍しいね」

「あのさ、今日授業で気象系の話聞いたんだけど」

「へー!面白そうじゃん」

「雲の上ってどんな感じ?」

「いや、それ何回目?」

私の友人、と言ってもいいのだろうか。

あの子と初めて会ったのは保健室。

体育の授業の時、突然気分が悪くなって初めて行った。

ベットにはすでに生徒がいたため、しばらく保健室の隣にある部屋で座って休むことになった。

「あれ、新入り?」

扉を開くと、あの子がいた。

初対面なのに親しげに接する彼女に最初は戸惑ったが、あまりにもフレンドリーなので次第に心が緩んでいった。 

「またねー」

それが主に保健室登校の子たちが使っている部屋だったことを知ったのは、数日後だった。

「んでさ、もう面白いのよ。ぐわあーって黒い雲来たと思ったらザァァァァー」

「んっふっふ」

「いやこれからだって。雷ゼロ距離で見たことある?もうね、目の裏真っ白になるしドゴォォォン音すごいし」

「それは大変」

「ほんとよ。どんな夢の国のアトラクションよ」

「あはは!」

彼女が物理的に浮き始めたのは、ある日突然だった。

周りは皆騒然として、彼女の体をとことん調べた。

細胞の構造が変化しているだの、体の成分が光合成で生きていけるように変わ

っているだの、いろんなことがわかったらしい

私は日々遠く小さくなるあの子が少し、心配だった。

あれほど人懐っこい子が、一人で大丈夫だろうか。

それはあの子の母親も考えていたことだったらしい。

それならばと、有志で科学者や製品開発の人たちが遠く離れた場所でも通信できる電話を作ってくれた。

そうして、彼女は家族や友達と電話をしながら、今も少しずつ地上から浮きあがっている。

「あー、最近あんまり変わらなくなったよ、高さ」

え、と私は思わず身を乗り出した。

「なんで?今までずっと上がり続けてたのに」

「わかんない。雲の上か雲の下かくらいをふよふよしてる感じかな」

「不思議なこともあったもんだね」

「いや、まず人が浮いてることが不思議でしょ」

そういえばそうだな。

「だからね、私思ったんだけど」

「何」

「私がさ、地球にあるものより、ちょっと軽くなっただけなんじゃないかなって」

「ちょっとだけ、軽くなった?」

「うん」

私たちは 彼女が浮いてるんだと思ってた。

でも彼女は、地球にあるものより少し軽かっただけ。

「たぶんね、そういうことなんだと思う」

地上じゃ見えない景色も見えるしね。

そう言って、彼女は晴れやかに笑った。

彼女があまりに軽やかなので。

私はまた、笑顔になってしまうのだ。



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