プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ④(完)
- みうらさここ

- 2022年5月1日
- 読了時間: 8分
更新日:2023年9月11日
1.黒い部屋のワルツ
「うわっ…黒っ…」
黒い男の部屋は、やはりというかなんというか、何もかも真っ黒な部屋だった。
「コラ、そこのガキ、本部走り回った服でソファに腰下ろすな。汚れがつくだろ」
ソファに腰かけそうになっていたキーくんは立ち上がり、ミミコさんの横に立った。
「汚れ気になるならコロコロかければいいじゃん。いいよいいよ、座って」
なぜか桜子がキーくんを座らせる。
僕は不思議な気持ちでこの光景を眺めていた。
さっきまで生きるか死ぬかの世界だったのに、なんだこの親戚が集まりましたみたいな雰囲気は。
そして、先程桜子が言っていた…
「桜子、取引って」
「よし、ガキども聞け」
桜子が振り向きかけたところで、黒い男が青年団に語りかけた。
皆に緊張が走る。
「お前達の経緯はそこのキテレツ女に聞いた」
「酷いなァ、足と拳を交わした仲じゃない」
「単刀直入に言う。お前達が生き残る唯一の道は、この俺に従い地球に戻ることだ」
なんとなくは分かっていたが、言葉にされると厳しいものがある。
これから僕たちは、桜子を置いて地球に帰るのだ。
これだけみんなで精一杯頑張ってやっと届いた桜子を置いて。
みんなが暗い顔で俯く中、黒い男は桜子の肩を押した。
「その際、こいつも連れ帰ってもらう」
「え?」
僕は、つい声を出してしまった。
目を見開いた桜子と視線が合う。
どういうことだ。
「お前らな、面白すぎるんだよ」
みんなの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。
「俺はお前らの話を聞いて、生まれて初めて人生面白いと思ったんだ。
みすみすそんな奴らを殺すわけがないだろ」
そのかわり。と、黒い男は指を立てた。
「一つ目。
お前らの本部に俺専用の部屋を作れ。地球に行く時には大体そこそこのホテル使ってるんだが、
俺は自分の部屋じゃないと落ち着けねぇんだよ。
二つ目。
データ弄る際にそっちの頭脳をよこせ。うちのセキュリティ部門が最近はずっと真っ青な顔でコンピュータに向かってたぞ」
アカネさんから、ヒッという声が上がる。かわいそうに。
三つ目。その指は、僕に向けられていた。
「お前、地上に戻れ」
こいつと結んだ取引だからな。
そう言って、黒い男は桜子の頭を掴んでがしがしと回した。
2.子どもたちの夜
「お前、これ…」
カケルがミミコの破れたズボンからちらりと見える擦り傷を指差した。
「あー…」
ミミコは自分の失態を責めた。
怪我してしまったことにではない。
それを彼の目に触れる場所に放置してしまったことだ。
カケルは仲間の怪我や疲労に人一倍気をかける性格なので、ミミコは任務で負傷した際などは必ず誰とも会わないようにしていた。
カケルの耳に届かないように。
だが、今夜は同じ黒い男の部屋で過ごすしかない。
「ちょっと焦ってたから、セキュリティドアのとこでやっちゃっただけだよ」
そのままさらりと距離を取ろうとすると、手首を掴まれた。
「お前、怪我するといつもどっかいくだろ」
「…はいー?カケルくん頭大丈夫ですかァー?そんなこと一度も」
「言え。今日はどこを負傷した」
ぐぅ、とミミコは隠し事が見つかった小さな子どものように足元を見ながら白状する。
「…全速力出したのでアキレスと大腿筋はちょっときてるかな。
擦り傷はそこだけ。曲がり角でちょっと曲がり損ねて肘ぶつけたから肘はみないでほし」
ぐい、と袖を捲り上げられる。
あーあ。
腐った桃のような色をした肘が露呈してしまった。
「しょーがないじゃん。人をおぶるとこう、こういう姿勢になるでしょ?だから、肘がどうしても」
「ミミコ」
相手の声に責めるような色はなかった。
ミミコはちらりとその静かな目を見る。
「許してよ。あたしがそんなに器用じゃないの知ってるでしょーが」
「許す許さないの問題じゃない」
「じゃあ何さ!」
「お前に死なれたら困る」
「へいへい、せいぜい死ぬまでうちで働きますよォ」
「俺が、困る」
ミミコはぽかんと口を開けた。
カケルは青年団の皆のために、血の滲むような努力をしてきた人間だ。
努力しなくても実力のある私のような人間なんて、よく思っていないと思っていた。
少し間を置いて、ミミコは顔に熱が徐々に溜まっていくのを感じた。
「さいですか」
「ああ」
「へェ」
「おう」
「なん…そうですか」
「ああ」
「…これからもよろしくお願いします」
「あたり前だ」
カケルはほかの仲間に声をかけに行った。
ミミコは、しばらく空を見つめた後、ふらりとソファに体を預けた。
◆◆◆
なんでこいつはこんなところは僕と似てるんだ…。
取引の内容を聞いた僕は、愕然とした。
「僕ら、性格は合わないのに考えてることは同じだよね」
「いや、だから教室とかでもみんなともっと話せばいいじゃん。意外と仲間いっぱいいるって」
「いやだから、僕は目立つのは嫌いで」
桜子は口を尖らせた。
僕はほほをかく。
「菊郎には幸せになってもらわないと困る」
「僕も、桜子には幸せになってもらわないと困る」
人のお互いへの形はこう、ある種一方通行なのだろう。
一方的に、自分とは関係ないし、踏み込むつもりは毛頭ないけれど、
なんだか幸せを願っている、という。
そんな不思議な関係だったらしい。
「なんかこう、嫌なのよあんたが沈んでたりしんどい目にあうのは」
「僕も、桜子はみんなと話したり活き活きしていてほしいと思うよ」
「でもなんかこう、友達とか好きな人に持つあれとは違うのよ」
「わかるよ」
それはもっと、願いのような。
祈りのような、ものなのだろう。
◇◇◇
「は!は、はじめまして!アカネといいます!」
アカネは目の前の男の足元を見ながら舌を噛んだ。
素顔も見えない黒服の男の人と一緒に作業なんてできない。怖すぎる。
「お前、どうやったらそんなことになるんだ」
「そ、そうですよね、もう少しこう技術があったり人格者だったりしたら私もカケルくんとかミミコちゃんみたいに」
世界のために頑張れるのに。
黒い男はきょとんとした目をしている。
「違う。俺が言いたいのは、どうやったらそんな頭の使い方ができるんだってことだ。
俺は十代からここで働いてるが、セキュリティ担当があんなに目を回しているのは初めて見たぞ」
え。
アカネは少しだけ顔を上げて、男の目を見た。
「…まさか、褒めてくださってるんですか?」
「当たり前だろう」
ミミコみたいに、世界を飛び回ることはできない。
カケルみたいに、メンバーの人望を集めることもできない。
本部のコンピュータ室で機械しか相手にできない自分が、褒められる日が来るなんて。
「…うっ」
「ど、どうした。なんだ、言ってみろ」
動揺したように黒い男が目を泳がせる。
「う、うれしく、て」
「?」
「私、外の人に褒められたことないんです。
青年団の子達は一緒の施設上がりの子達が多いし、施設では能力値の差が大きくて叱り飛ばされることも少なくなかったし。
気が利かないし、根暗だし、それと」
「待て。わかった、待て。まずは俺の話を聞け」
黒い男は咳払いをして、こちらを真っ直ぐに見た。
「お前は惑星管理局のセキュリティ担当より有能な素晴らしい技術者だ」
アカネの目にさらに溜まった涙を見て、黒い男は焦ったように続ける。
「な、泣くな。俺はガキの泣く顔が一番嫌いなんだ」
「15超えたらガキじゃないですよおお…でもありがとうございます、本当に。
本当にありがとうございます。私なんかにはもったいない言葉です」
ぼとぼとと涙を流しながら笑う相手をどうしていいか分からず、黒い男はアカネの肩をぽんぽんとたたいた。あたたかな手だった。
3.僕らの天体飛行
「っはー!やっぱり地球の空気は美味しいねェ」
ミミコさんが伸びをする。
珍しく今日はタイツを履いているのが気になった。帰りのターミナルは東北だったから、さすがに寒かったのかもしれない。
「さーて、じゃあ私は任務入ってるからこのまま行くわァ」
「お前、」
カケルさんが何か言いかけたが、眉間に深い皺を刻んで黙ってしまった。
どうしたのだろう。
再び口を開いたカケルさんは、ミミコさんの背中をしっかりと捉えた。
「俺も行く」
「は?」
歩き出そうとしていたミミコさんが、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして振り返る。
「俺も行くって言ったんだ。アカネと蒔田さんもいるし、本部はしばらく大丈夫だろ」
「蒔田さんはいつまでいれるかわかんないじゃん?」
「重要データの改竄するんだぞ、1週間はいてくれるだろ」
そう言って、カケルさんはミミコさんの任務についていった。
青年団の仲間は、2人を優しい目で見送っていた。
蒔田さんのおかげで、僕も晴れて地上に戻れることになった。
高校に2ヶ月とちょっとばかり遅れて入学した僕たちを待っていたのは、
ちょっといい額の貯金。
結構ついた体力。
青年団とのあたたかい関係。
親の説教。
学校での、
補習。
補習。
補習。
「も、もう無理…頭爆発する」
「桜子ほんと大変だよねー!がんばって!」
あいつはもう既に友達を大勢作っていて、クラスの中心にいる。
ふと、なぜあいつが害人認定されたのかなんとなく予想がついた。
おそらく、人の心を動かす力を持っているからだろう。
僕を除いてあいつに会った人間は、あいつにどこかしら親しみを抱いて仲間意識を持っている。
それは、もしかしたら少し異常なことなのかもしれない。
例えばあいつが社会に歯向かってクーデターを起こしたら、賛同する人間は山のようにいるはずだ。
カリスマ性と人を惹きつける力は、使い方を間違えると大変な結果を引き起こす。
ただ、
「あ、菊郎ー!今日の補修の資料貸して!忘れちゃって」
こいつがそんな人間になることはおそらくないだろうと、僕は思う。
「教室で話しかけないでって言ったのに」
「別にいいじゃん、クラスメイトなんだから1人だけ話さないほうが変でしょ」
「せめて苗字呼びにするとかさ」
「あーはいはいわかんない聞かなーい」
「…はぁ」
僕は時々ため息をつきながら、でも思う。
こいつにはこの世界を自由に羽ばたいてほしい。
地球だけじゃない。
火星だって、木星だって、惑星以外にも。
僕たちの前には、たくさんの星空が広がっているのだから。
プラネタドライブ -完-




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