プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ①
- みうらさここ

- 2022年5月1日
- 読了時間: 7分
更新日:2023年9月11日
その日は突然来た。
「こいつの身柄は惑星管理局が預かった」
そう言って、黒い男はあの子を攫っていった。
60日も前のことだ。
▽
0.登場人物紹介
胡桃菊郎(くるみきくお)
15歳。高校生活初日の登校中に幼馴染を宇宙管理局に攫われる。
街角桜子(まちかどさくらこ)
16歳。高校生活初日に幼馴染と登校中、宇宙管理局に攫われる。現在消息不明。
ミミコ
高い身体能力を身につけた超人的な少女。常識に縛られないかなりの自由人。よく他人に変なあだ名をつける。
カケル
たゆまぬ努力と的確な思考能力で青年団のリーダーに選ばれた青年。
個人的には『団長』と呼んでほしいが青年団のメンバーは皆『リーダー』と呼ぶ。
ムツキ
滅多に話さない小柄な少年。ミミコの願いはなんでも聞く。
アカネ
計算や計画が得意な青年団の頭脳。気弱で作戦決行前夜に吐きがち。
黒い男
突然現れ、桜子を攫った真っ黒な恰好をした惑星管理局の男。
1.地下工場と超人のお友達
「これ運び終わったらあっちだ!」
「はい!」
そして今僕は、学校を辞めて地下で働いている。
「もたもたするんじゃない!」
「はい!」
ここでは「はい」という返事しか求められない。
学校で味わっていた甘酸っぱい思いも、
バイト先であった小さな嬉しいことも、
家で味わうもどかしいあたたかさも、
ここにはない。
体力もついてきた。
お金も貯まる。
泊まるところもある。
そう悪いことばかりじゃない。
「よーっス」
急に、目の前にだぶだぶのパーカーを来た少女が現れた。
短パンから伸びる肉づきのいい足。
逆三角形の口。
「こんちはァ、元気してる?」
「ミミコさん」
「こら!誰だお前は」
現場監督が少女に近寄る。
と、少女は光の速さで現場監督の肩に飛び乗った。
「!?」
いわゆる、肩車の形である。
「これ見れば、私が誰か分かるでしょ」
生足を遠慮なく現場監督の首に絡ませ、少女は小さなカードを取り出した。
「こ、このカード…!まさかお前、」
ビンゴー!と明るく笑い、ミミコさんは宙返りをして着地した。
「じゃ、この子借りていくよ。そのかわりほら。ムーくん使っていいから」
みみこの後ろから現れた小柄な少年は、帽子を目深に被ったまま頭を下げた。
▽▽▽
休憩室。等間隔に並べられたパイプ椅子に並んで座る。
今は作業時間中だから、僕たちの他に特に人影は見当たらない。
「きーくんの方は、何も変わらずって感じ?」
「そうですね」
朝起きて、洗濯物回して干して、
ご飯食べて、工場に行って、
家に帰って、家事を片付けて、
眠り。また起きる。
「よしよし、これで惑星管理局からのマークも薄くなってるはずだよね」
「ミミコさんがこういう感じでコンタクトを取るからそれも危ういですけどね」
それを聞いたみみこは、口を逆三角形にして笑う。
「あっはっは!私時間ないからねぇ。私にしかできないことが世の中にはたくさんあるからさ。冗談じゃなく」
それは、たしかに奢りではなかった。
先程現場監督にかざしていたカードは特殊技能S、惑星間で最高ランクの特殊技術を持つ人物ということだ。
もちろん、その高い技術に伴い職権乱用…違う、色々と思いのまま行動できるような特別許可を得ている。
実力ありきの自由な生き方。
その点はもちろん尊敬している。
尊敬しているが。
「それでさー、君はあの子のどこが好きな訳?
顔?
性格?
まさか全部とか言っちゃう?いいね!あたしそういうの大好き。あの子純粋そうだもんねぇ」
こういうところは少し苦手だ。
「こらこら、若者が顔死なすな」
みみこの人差し指が近づく。
ぐい、と口角をひっぱられた。
「人間、笑ってれば勝ちだから」
何があってもね。
変わらない表情で、不意にそんなことを言う。
そんなところも苦手だ。
「で、『テケテケ☆あの子を奪還計画』なんだけど」
「その名前…
いえ、なんでもないです。なんですか」
「かけるが新しい情報を掴みました。
あの子今、火星にいるってよ
僕は気づくと、ガタン、と音を立てて立っていた。
「あっはっは!監視カメラに気をつけなさいなこの馬鹿者」
おそらく僕に合わせてテンションが上がったように見せかけ立ち上がっていたみみこさんは、
僕の肩に力を入れて座らせた。
ゆっくりだけど、とっても強い力だった。
「…すみません。それで、あの子は火星のどこに」
「あそこ惑星管理局の本部があるじゃない。そこ」
思わず重いため息がこぼれる。
「面白いよねぇ。敵の本拠地に持ってかれるんだもん。こちとらお手上げ」
でも、諦めないから。
みみこさんは僕の目をしっかりと見つめて言う。
「君はただ、その時を待ってて」
「その時?」
「あの子をヒーローみたいにその手にかき抱くその瞬間だよ。それだけ折れずに持っていてくれれば、あとはあたし達ががなんとかするから」
じゃーね!と手を振って彼女はまた別の問題を解決しにいく。
まるで友達に会って別れたような気軽さで、彼女は大きく世界を動かしている。
その姿に敬意を持って、僕は小さくなっていく背中に向けて深く一礼した。
でも僕は、あいつのヒーローになりたいわけではないけど。
現場に帰ると、端々から視線を感じた。
みみこさん、監視カメラには気をつけろって言う割に自分は目立ちまくってるじゃないか。
「…お前、地上堕ちだろう。
特殊技能Sクラスと知り合いってどういうことだ」
現場監督が小さな声で話しかける。
「ただの友達です」
現場監督と代わりに作業してくれていた青年に頭を下げ、僕は命じられていた作業に戻った。
2.米で鯛を釣る
あの子がさらわれてから地下に降りて働き始めて、最初は長時間の労働に帰り道の途中で力尽きることも多かった。
そんな時、いつも僕がよりかかる配電塔に寄りかかる青年を見つけた。
だいぶしんどそうだ。
『僕の家近いから、休んでいきませんか』
青年は、少し気まずそうに眉を顰めた後、こくりと頷いた。
青年はよく食べた。
炊いた2合のご飯がみるみるうちに無くなった。
僕の食費を返せと冗談半分で思ったものだが、よほどの非常事態だったのだろう。3日食べていないと言っていた。
かと言って、青年の体は飢えているようには見えない。目立たないが、引き締まり鍛え上げられているのがよく分かる体つきだった。
『俺はカケル。苗字は訳あって口にできない。
特殊技能Sクラスの青少年が集まった青年団の団長及び取締役をしている』
え。と思った。
思いの外というか、海老で鯛を釣るというか。
今からでもよければご飯を2合合わせて炊きたいくらいだった。
特殊技能Sの青年団の団長がなぜこんなところで。
『お腹が減っていたんだ』
それは知っている。
その前だ。
前というか、前後だ。
『青年団に少し危険な依頼が入って幹部中心に当たっていたんだが、
少し手こずって、3日分の食料がなくなった。
年少者を中心に食料を分けていたから、最年長の俺と幹部の年長者が先に飢えた。以上だ』
想像もできなかった。
特殊技能Sの人間がそんな日常を送っていただなんて。
地上にいた頃、テレビで見る各技能Sの人間はとにかくキラキラと伝えられていた。
だから、みんな"そこ"を目指していた。
でも、そこにいる人間がみんな幸せで楽しい思いをしている訳じゃないんだ。
『世話になった礼をしたい。できる限りのことはしよう』
僕は、ごくりと喉を鳴らした。
その瞬間が、やっと来たと思った。
ずっと待ち望んでいた、あの子への微かな糸が繋がるその時が。
僕は、カケルさんの目をまっすぐに見つめて言った。
『僕と一緒に、惑星管理局と戦ってくれませんか』
カケルさんは、二度瞬きをした後、頷いてくれた。
あまりにもあっさりしていてこちらが心配したくらいだった。
『だ…大丈夫ですか?惑星間の全てを管理している惑星管理局ですよ?』
『見知らぬ行き倒れに人助けをしてくれる青年が言うんだから、何かやむを得ない理由があるのだろう。
ただ、戦うには分が悪い。
事情を話してくれないか』
幼馴染が惑星管理局に攫われたことを話すと、カケルさんが電話で誰かを呼び出した。
1時間後に我が家に到着したのは、ミミコさんだった。
『何ぃー?カケル弱ってんじゃん、おもろ!』
『面白がるな』
わちゃわちゃとテンポ良く会話をしながら一致団結した2人のおかげで、あれよあれよという間に僕は特殊技能Sの青少年集団を味方につけ、惑星管理局の内情を探り始めた。
3.そして今
夜、カケルさんから電話がかかってきた。
「元気でやってるか。ご飯はしっかり食べるんだぞ」
家に来た時に米を2合食べた人物に言われると、どうにも不思議な説得力があった。
「ありがとうございます。あの子の件ですが…」
青年団と協力関係を築いて1ヶ月は経ったのに、情報が少ししか出てこない。
「なかなか掴めませんね」
「あのアカネがハッキングを図っても通り抜けられない厳重なセキュリティらしくてな。危うく捕まりそうになったらしいぞ」
アカネさんは会ったことはないが、2人の会話で出てくる頻度が高い名前だ。
どうも、作戦を計画したりコンピュータを使って様々なことをできる人らしい。
画面にアイコンがもう一つ浮上した。ミミコさんだ。
「あっはっはっ!『スパコン燃える!スパコン燃える!!』てパワーワードすぎでしょ」
そのまま2人のテンポのいい会話に身を委ねる。
2人ともいい人たちだ。
今はまだ分からないけれど、きっとこの先うまくいくに違いない。
惑星管理局がなぜ彼女を拘束したのか。
この時の僕にはその理由なんて、全然わからなかった。




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