プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ②
- みうらさここ

- 2022年5月1日
- 読了時間: 9分
更新日:2023年9月11日
1.口先の攻防@火星
気づくと、そこは暗くて狭いどこかだった。
膝を抱える形で押し込まれている。
下から、地面の振動が直に伝わってくる。
私は一瞬怯んだ後、目の前の暗闇をだんだんと殴った。
「うおっ。おい、暴れるんじゃない」
ふざけるな。
いきなり人間を拉致しておいて『暴れるな』なんて。
高校の登校中に攫われて膝を抱えてトランクに入ってやってるのにこれ以上何をやれっていうんだ。
「あんた、何。誰。どういう目的で私をさらったの?」
「会った時に言っただろう。惑星管理局だ」
「あんたが誰かって聞いてるんだけど。ちゃんと耳ついてんの?」
はっはっはっ、と男が笑う。
その笑い声が思いの外ほがらかで、私は少しだけ面食らった。
「こいつは活きのいい害人だ」
「ガイジン?」
男はトランクを引きずるのをやめた。
上の方から光が差し込み、それが縦に広がっていく。
痺れた足を伸ばして外に出ると、どこかの惑星のターミナルのようだ。
地球が真っ暗な空に遠く見えた。
「お前は惑星管理局に、惑星に害する存在だと認識された害人だ。これから保留期間を経て、お前は通電で処分される」
え。
正直、頭が追いつかなかった。
害人?
通電?
私、もうすぐ死ぬってこと?
せっかく頑張って受験勉強したのに。
やっと合格できたのに。
やっとあいつと並んで歩けたのに。
「私、何かした?」
「惑星管理局の一番腕のいい統計師が、お前が生存すると惑星全体に多大なる影響が及ぶと判断した」
自分では特に原因が思い当たらなかった。
親と喧嘩したり、友達と言い合ったことはあるが、犯罪を犯すようなことはしたことがない。
道で財布を見つけたら交番に届けるタイプだ。
私もあいつも。
「あいつは」
「なんだ」
「あいつはどうしたの。一緒にいたやつ」
ああ、と黒い男はなんでもないふうに言葉を紡いだ。
「地下に堕ちて、今は工場で奴隷のように働いてるよ」
嫌な汗がじわりと体にまとわりつくのを感じた。
あいつが幸せにやってるなら別にいいのに。
私なんかいなくなってもいいのに。
なぜあいつが地下に送られたのかは知らないけれど、私はそれを許すわけにはいかない。
あいつは幸せに生きるんだ。
私の分まで。
「ねえ」
私は、冷や汗をぬぐって笑顔を作った。
「取引しない?私と」
2.統計少女のささやかな戦い
青年団の本拠地、東京都内の地上5階。
壁のないこの階の中心には巨大なスーパーコンピューターがいくつも配置され、その演算スピードは光の速さを超えると言う。
そんな中、頭を抱えてうずくまる少女が1人いた。
「も…もうだめだ…私なんて宇宙の塵だ…最後に燃えてお役に立たねば…いや、そうするとCO2が出て温暖化が加速する…だめだ…頑張れアカネ…頑張るのよ…」
「アーちゃーん!元気にやってるー?」
「!!?みみこちゃーん!!!」
しゃきりと背筋を伸ばし、先程の様子とは打って変わって柔らかい表情で仲間を迎える。
「おかえりなさい」
「へいただいまァ。進捗どうよ」
「全くなしだね」
「だよねェ。天下の惑星管理局だもん、しゃーないしゃーない」
ぽんぽんと湿布を貼った肩に手を置かれ、ぼろぼろと涙が出た。
「あー!誰より忙しいミミコちゃんの前では泣かないって決めたのにーーー!なんで優しくするのーーー!」
「いや、逆ギレじゃん。おもろ」
「面白がらないでよー!でもありがとー!」
「それプラマイどっちよ」
「わかんないよーーー!」
「あっはっはっ!」
テーピングした指で、先程印刷した紙切れを差し出す。
「今日追いかけっこしたらこれは出てきたんだけど…あんまり役に立たないよね」
ミミコが受け取り、
「ほへぇ?なになに、地球在住の害人リスト?」
「何回もアクセスされてて、こまめに見られてるみたいで…でもこんなの役に立たないよね…ターゲットの名前ないし…ごめ」
「いや、きたわコレ」
ミミコの目が、獲物を追い詰めるように走り出す。
「これ、たぶん隠しデータある」
「隠しデータ」
アカネの頭が、ゆっくりと回り始めた。
油を刺した金属の歯車のように、それは次第に滑らかに加速していく。
「アーちゃん、もっかい潜れる?」
ミミコがニヤリと笑って言う。
その言葉に、アカネはしっかりと頷いた。
3.現実と評価
「忙しいリーダーとミミコさんの代わりに来ました」
僕は正直、びっくりした。
この子話せたのか。
ミミコさんにムーくんと呼ばれている男の子で、いつも帽子を目深にかぶっている。
大雑把なミミコさんの言うことをなんでも聞いている感じがして、なんとなく心配だった。
先日工場で僕の代わりに作業してくれたのもこの子だ。
「端的にお伝えします」
僕は、こくりと頷いた。
「あと3日で、街角桜子は死にます」
時が止まった。
どういうことなのだろう、とかなんでだろう、とか思う前に。
脳が、考えることを拒否していた。
「あの、名前。なんていうの」
しばらくして、少年が背中を向けてはじめて、口が言葉を紡いだ。
「ムツキです」
「そう。ムツキくん、ありがとう」
ぺこりと頭を下げ、ムツキ君は扉をしめた。
何ひとつとしてありがたくなかった。
◇◇◇
別に好きかどうかって言われたら、苦手な方だった。
お母さん同士が元々近所で、同じタイミングで入院して近い日に出産したから幼馴染だというだけで。
全く価値観は合わなかった。
僕が本を好んで読んでいた間、彼女は外遊びが好きだった。
僕が1人2人の友達とぽつぽつ話す同じ教室で、彼女はたくさんの友達とわいわい話していた。
僕は目立つのが苦手なのに、わざわざ教室で話しかけてきた。
繊細な価値観は分からない奴で、なんなんだこいつ、と思うことも多かった。
ただ、笑顔は好きだった。
喜ぶ顔を見られるならなんだってしたくなるような。
そんな、太陽みたいな笑顔だった。
それが、あと3日でこの世から消える。
僕は、時計を見た。
ムーくんが家を去って玄関で立ち尽くしてから、3時間が経っていた。
3.心の声を聞く
『ごめん。私かカケルが行けたらよかったんだけど、一刻を争う情報だったから。
ムーくん感情うっすいけど、人手が足りない時にちょうど動いてくれる良い子なのよ』
「それは、わかります。分からないけど、玄関で立ち尽くしてたらいつのまにか肩に膝掛けがかけてありました」
『ありがとー。んでさ』
これからどうするよ。
ミミコさんの言葉が、頭の中に大きく響く。
「…もうこれ以上はミミコさんやカケルさん達にも迷惑をおかけしますし、手を引こうかと」
『嘘つけ。今日貯金全額下ろしてたらしいじゃん。1人で行くつもり?』
どうやらバレバレらしい。
僕は諦めて白状した。
「火星に行って、体に爆弾巻きつけて惑星管理局の本部を壊すくらいのことはしようかなと」
『あっはっは!一般人の貯金で買えるような爆弾、入り口のゲートを壊すくらいしかできないよ。そもそも、入星審査で引っかかるし』
「…じゃあ…じゃあ、どうしろって言うんですか」
声が震えた。
もうずっと前から、いっぱいいっぱいだった。
「あいつの幸せになるはずの未来は、どうなるんですか。
死にたい人なんていくらでもいるだろう。なんであいつが死ななきゃいけないんです?
生きたい人が死ぬ世の中なんて、そんなのおかしい」
『そうだね』
ミミコさんの声が、耳に柔らかく響く。
「無関心になれたらこんなに苦しい思いはしなかった。
あいつのどこが好きかって聞きましたよね。別に、苦手なところだってありますよ。むしろ、距離が近い分そっちの方が目立って見えるかもしれない。
でも、あいつには、あいつにだけは、自由に生きてほしいんです。
なんでか分からないけど。
僕なんて微塵も覚えていなくていいけれど、自由に生きてほしい。
あいつにはその権利があるはずだ」
ミミコさんは、しばらく静かになった。
『なんだか、君は面白い人だね。
自分が大切に思ってる人は、自分と無関係なところで勝手に自分の力で幸せになってほしいと思ってるみたい。
それなのに、その人が危ない時は命を張るんだ』
僕はぐっと唇を噛み締めた。
「死んでほしくないので。誰にも縛られず、心を自由に持っていて欲しいので。
もちろん友達を持ったり恋愛をしたり結婚をしたりして伸び伸び変わっていって欲しいですけど、
その相手は僕じゃない。
僕はちょっと、あいつの視界に入るには気後れしてしまうんですよ」
『あっはっはっ!優しいのか厳しいのかわからんね』
僕は正直に自分の気持ちを口にしながら、ジリジリと腹の底に黒い熱が貯まるのを感じた。
「大体のことはムーくんに聞きました。
…それじゃあ、学校辞めて地上生活諦めて地下まで潜って、工場で朝から晩まで働いてきた僕の労力は、どうなるんですか。
勉強苦手なのに遊ぶ時間も惜しんで頑張って高校受験して、
合格したあいつの将来は、どうなるんですか」
『全て、無駄になる』
「このまま諦めるんならね」
ミミコさんは、僕の目の前に立っていた。
ムーくんが出て行ってから、ドアに鍵をかけていなかったことに初めて気づいた。
ミミコさんが一歩、こちらに踏み出す。
思わず一歩、僕の足が後ろに逃げた。
「ほら」
まだ、諦めてないって。
それでも諦められないって。
「言いなよ、キクオ」
ボロボロと、僕の両目から何かが勢いよく落ちていくのを感じた。
「諦めたくない」
言葉に出した瞬間、両目から落ちていたものが止まった。
足元にできた小さな染みを見る。
大人ぶって捨ててきた色んなものが、遠くから
「勝手に捨てるな」
って、小さく叫んでいるみたいだった。
4.集結!
「来たか」
ミミコさんに連れられて行くと、
青年団本部一階、カケルさんを含んで青年団の精鋭が揃っていた。
「ほらアカネ、がんばれェ。胃腸薬はもうキメた?」
「ムリムリムリムリ…9割以上ブラックボックスな作戦を皆に指示する私の気持ちも察して…ムリ…いや、ぜひ…ぜひご協力したい…桜子さんを取り戻したい…でもメンタルとお腹は…ムリ…」
それだけ言うと、アカネさんはどこかへ走り去っていった。
「イヤホンつけてるからどっかで聞いてると思う。落ち込んだ時はアカネ見るといいよ。自分より落ち込んでる人見ると落ち着くでしょ」
「いや、さすがにそれは…」
「よく集まってくれた!」
カケルさんの肉声がフロアに響き渡る。
「これより、作戦を決行する!」
「ちょっとォ、作戦名ちゃんと言ってくださーい」
ミミコさんの茶々に、カケルさんが眉間に皺を寄せながら再度呼びかける。
「『テケテケ⭐︎あの子を奪還作戦』を決行する!」
くすくす、とどこかから笑い声が聞こえ、笑いの波は見る間に広がり、みんなの力んだ表情を緩ませた。
渋い顔のまま、カケルはプロジェクターに映し出された惑星管理局本部の地図を指し示し、一人一人に指示を出して行く。
「あのさ、キーくん」
「はい」
そんな中、小さな声でミミコさんが話しかけてきた。
「死ぬほどお腹減った時にご飯もらったくらいでこんな大それたこと引き受けるなんてさ、バカだと思わない?」
ミミコさんは、微笑んでいた。
いつもの逆三角形の形の口の笑顔ではなくて、それは、なんだか本当に綺麗なものを見させてもらったような。
そんな顔だった。
「ミミコさんは、大切な人にバカって言うタイプなんですね」
「うるさいなァ。仲間内にも隠してるんだからあんまりからかわないでくれる?
カケルに言ったら殺すから」
あまり他人の名前をそのまま呼ぶことのないミミコさんが唯一名前で呼ぶのはカケルさんだ。
皆気づきながら黙っているだけだと思う。
そしてカケルさんは一番気づかなさそうだな、とも思う。
「カケルはああやって何かしてるのが一番いいんだよ」
さて、行きますか!
勢いよく言ったミミコさんの顔は、またいつもの逆三角形の口に戻っていた。


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