プラネタドライブ -僕らとあの子の宇宙観測- ③
- みうらさここ

- 2022年5月1日
- 読了時間: 5分
更新日:2023年9月11日
1.ブラックボックス0.9
「うわぁ」
僕は、ガラスの向こうの景色を見て思わず声をもらした。
黒い空。
遠くに地球。
ガラス管で覆われた街。
「あっはっはっ!キーくんは、火星に来るのはじめてだもんね」
ミミコさんが偽造された惑星パスポートを渡しながら言う。
みんなと同じように、フードを目深にかぶって黒いマスクをつけている姿だけど、
普段のだぶだぶのパーカーに短パンという姿からは想像できないくらいキマっている。
「作戦は覚えてる?」
「最初は固まって行動、大広間に入り次第各自別々のルートで執行猶予の部屋に向かう、誰かが着いてあいつを確保したら外のリーダーに無線で連絡」
「全然OKじゃーん。君は私と最有力候補のルートをいくから、よろしくゥ」
果たして超人と言われるミミコさんの足に追いつけるだろうか、といった不安はひとまず置いておき。
「いこう」
今日、青年団は特別依頼のため惑星管理局内部に入ることになっている。
ピ、ピ、とパスポートがチェックされる音が響き、僕はごくりと息を呑んだ。
ピッ。
無事通過できた。
息を吐く間もなく、大広間に到着する。
ミミコさんが柏手を打つように、パン、と両手を強く打った。
それを合図に、みんな四方八方の通路にかけていく。
ざわつく周囲。鳴り出す警報。
「ほれ、いくよっ」
ミミコさんは、なぜかしゃがんでいた。
しゃがんだまま、後ろの僕がいる方に腕を出している。
「…?」
「ほら、早く乗って!」
約10数年ぶりのおんぶだった。
2.潜入
『ヤスシ、一本先を右。コイちゃん、十字路の右曲がってから次左、ラッカはしばらく直進でいいけど広い道だから色々あるかも、気をつけて。ミミコちゃん問題なし、そのまま進んで』
耳元で、アカネさんの冷静な指示が展開される。
それに従って、ミミコさんはただ僕をおぶったまま、建物を駆け抜けていた。
凄まじいスピードだ。
周りの景色が上手く見えない。
「さっきと同じ人とは思えないでしょ。うちはああいうのが多いんだよね」
「ああいうの?」
「変で最高なバカってこと!」
『ミミコちゃん、もう着くよ!次左!』
それを聞いて、ミミコさんはスピードを落とさないまま徐々に体を傾けた。
「はいよっ」
「ま、待ってください!このままだと、落ち、」
トン、とたくましく踏切り、吹き抜けのようになった空間に向けてミミコさんが飛び出す。
僕は必死で下を見ないようにした。
さすがに怖い。
トン、と同じように着地をして、気づけば目の前にはデータキーがつけられた扉があった。
「ちっくしょ、ここまで来てデータキー?アカネ!!」
『今ミミコちゃんのパスポートの情報を上書きしてる。
あと10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…!よし、カード切っていいよ』
「ありがとォ愛してるー」
ピッ、と軽快な音をたてて扉が開く。
その先は、左右にたくさんのドアがついた細い廊下につながっていた。
しばらく無言でネームプレートを覗き込むも、火星の言語のようでまるで内容がわからない。
「もーアカネに送ってる時間ないしわかんない!」
ガチャンガチャンガチャンガチャン。
ミミコさんは鍵を開けては扉を閉めて確認していく。
僕も反対側から確かめようとした、その瞬間だった。
「よお、来たか」
背後から聞いたことのある声がした。
はっと気づいた時には、首を絞められながら持ち上げられていた。
◆◆◆
タァン、と言う音が耳元で聞こえて、次の瞬間には僕は冷たい床に転がっていた。
「うちの大事な依頼主にケガさせんじゃないよォ」
ミミコさんが回し蹴りをしたポーズのまま止まっている。
黒い男は、それを片腕で防いでいた。
あのミミコさんの回し蹴りを、だ。
「お前達は本当に面白い」
男は大声で笑うと、ある扉の鍵を開けた。
その扉の、中には。
「なんであんたがここにいんのよ。せっかくの取引が台無しじゃない」
街角桜子が、携帯食をモサモサと食べながら座っていた。
3.取引
冷や汗をかきながら、私は両足でしっかりと地面を踏みしめた。
「あたしの件はわかった。でも、あいつの件は納得いかない。
死ぬまであんたの言うことを大人しく聞く代わりに、あいつを地上に返してやってくれない?」
私は、黒い男の目を見た。
腹の読めない、不気味な目だ。
「ほう。それで、お前はどうする」
「どうもこうもしないわよ。死ぬまでに食べたかったものやりたかったこと数えながら死ぬしかないでしょ。
こちとらまだ16だっつうの」
「おまえはそいつに恋愛感情を抱いているのか」
はぁ?
こめかみに、血管が浮き出るのを感じた。
「あいつの人生になんで私が首突っ込まなきゃいけないのよ。それ、相手に何かいい事あるの?
ていうか、なんでそんな個人的なことを見ず知らずのあんたに聞かれなきゃいけない訳?
別にそういうんじゃないけど、あいつにだけはなんか、自由でいてほしいのよ。
自分らしく、小さな幸せを見つけて、1日1日を積み重ねて。
気の合う人と心地いい空気で過ごして、たまに笑って。
そういう、あいつらしい人生を送ってほしいのよ」
黒い男は首を傾げた。
「それでお前に、何の得がある」
「あるに決まってるじゃない。幼馴染が今日もこの世界のどこかで自分らしく生きてるって、
それ以上の得がどこにあるっていうの」
「…ほう」
黒い男が妙に神妙な雰囲気なので、私はなんだか居心地が悪くなった。
「じゃ、この話はおしまい!
ていうか、私さっきからトイレ行きたいんだけど。案内しなさいよ」
「…お前、本当に変なやつだな」
面白い。
そう言って、黒い男は微笑んだ。
4.惑星管理局害人補導課遂行係・蒔田浩三
蒔田は特殊技能Sの資格を10代でとった。
そして早々に、惑星管理局に赴任した。理由は単純に、給料がよかったからだ。
今まで、管理局に命じられるまま害人を捉えて、通電室に送ってきた。
理由は単純に、それが仕事だったからだ。
そんな自分が、目の前の少女に自分は今までにないほどの興味を抱いている。
こいつの考えはなんだか面白い。
もうすぐ自分が死ぬというのに、干渉しない他人が自分らしく生きることを願っている。
しかもその中に自己承認欲求は全くない。
なんだ。
なんなんだこいつは。
そして、今。
目の前にいる少年にも同じように蒔田は興味を覚えていた。
あの惑星管理局だぞ。
敵に回せば今後の人生の保証はないどころか、1人孤独に辺境の星に飛ばされる可能性さえある。
なのにこいつは、日常生活を投げ打ってまで、この可能性にかけた。
街角桜子を、惑星管理局から奪還できるという可能性にだ。
「わかったわかった、降参だ」
俺は両手を上げて笑った。
「ほかの鼠も連れて着いてこい。俺の部屋に入れてやる」
なんだかはじめて、心臓が脈を打ったような気がした。




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