道ゆき花の歌 番外編 髪と鋏のあとさき
- みうらさここ

- 2022年5月1日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年9月11日
これは、夏の眩しい日。
東桜家の因縁に決着がついた後、円と美芙由がナツクの家を訪れることができなかった頃の話。
「いってきまーす」
鹿乃目は、畑に向かおうとしたナツクの髪を引っ張った。
「いったたたた…何するんですか師匠!」
「お前、この髪どうした」
ナツクは胡散臭い笑顔を浮かべる。
「え?もちろん自分で」
「嘘つけ。寝たきりのじいさん持ち帰りに、町に行った時からずっとそうだろうが」
「別に、寝たきりのおじいさんを持ち帰りに行ったわけじゃないんですけどね…師匠の通ってるお店の方に定期的に散髪してもらってるんですよ」
畑に向かっていくナツクを見ながら、鹿乃目はほお、とつぶやいた。
「あいつも、そんな年になったか」
老人は、側で静かに寝息を立てていた。
◇
ボロ着が邪魔をしているが、髪を切り揃えた様は立派に女だ。
あいつもいい年だし、そろそろ町にやったほうがいいのかもしれない。
ひねくれた所のある鹿乃目はともかく、ナツクは町に行ってもやっていけるだろう。
「なあ、じいさん。あいつも髪なんて気にするようになっちまった。世に恐れられたあんたも、昔は可愛いガキだったんだろ?人は気づかないうちにでかくなってるもんだな…
じいさんを看取るには俺とナツクがいる。俺が年をとってもナツクがいる。
でも、あいつには誰がいるんだろうな」
老人は、男の言葉を黙って聞いていた。
◇
「どうかしたんですか、師匠」
「う、おっ…」
鹿乃目は、思わず近づいてきた顔を押し戻した。
「何するんですか。相手が私じゃなかったら首の筋ちがえてましたよ」
「ナツク。そこ座れ」
ナツクは鹿乃目の真剣な声に、思わず正座した。
「お前もいい年だ。俺のつてでいい奴を紹介してやってもいい。性根がいいから、着物もきちんとしたものを着れば町でもやっていけるはずだ。他人の都合に首突っ込んで、厄介ごと全部背負って帰ってくるような奴が、一人で死ぬなんてこと」
「あっはっはっはっ」
鹿乃目はきょとんとした顔でナツクを見つめた。
「はっはっは…師匠、気が早すぎますよ」
ひいひい言いながら笑い転げるナツクを見て、鹿乃目は己の考えが恥ずかしくなってきた。
親でもあるまいし。
「ほら、ハサミとってください」
「ハサミ?」
ナツクは微笑んで、言った。
「散髪ですよ、散髪」
◇
「いだだだだだだだ!師匠、わざと髪引っ張ってませんか?」
「ふざけんな。俺の話を笑いやがって。全力でガッタガタの頭にしてやる」
鹿乃目は少しだけガタついた毛先を見て、ふん、と鼻をならした。
「悪かったな、不器用で」
女の家を渡り歩いていたあの頃の俺が今の自分を見たら、何て言うだろうか。
一人のガキの行く末に頭を悩ませ、髪を切り。
馬鹿になったと、嗤うだろうか。
「そんなことないです」
ナツクは、満足そうに鏡で左右を確認した後。
「たまには、切らせてあげてもいいですよ」
からかうように笑って、畑にかけていった。
鹿乃目の手から、ハサミが落ちる。
二人の軽やかな会話を、老人は穏やかに聞いていた。



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