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ヒューマンプール 短編集

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年9月1日
  • 読了時間: 4分

更新日:2023年9月11日

1.ノア

「みんなと仲良くね」

これが母さんの口癖だった。 

僕は、自分の容姿がこの国でどういう受けとられ方をするか、わかっていた。 

自分と違う黒髪や、落ち着いた髪色がたなびく国。 

自分と違う黒や栗色の瞳が捉える世界。

自分と違う肌色が日を浴びる世界。

 「みんなと仲良くね」

それは俺がみんなと仲良くできるか 不安にならなければ出てこない言葉。 

だから、学んだ。

みんなと心を開いて付き合う方法。

みんなに警戒されない方法。

みんなにはじき出されない方法。 

だけど、いつからか僕の心には透明な壁ができていて、

誰かにそれを壊されることも、

誰かにそれをゆだねることも、

誰かにそれを理解されることも、

なぜだかできなくなっていた。

「こんばんは」

だけど、なんだかこの人は違う。

ただ隣でポテトを食べている。

別に、友達じゃない。 

恋人じゃないし、知り合いというにはその関係を紡いだ過程が偶然すぎる。 

ただ、めったに人には自分からは連絡を取らない僕が、たびたび言葉を交わしたいと思う 。

「最近はどうですか」

「ポテト、おいしいですね」

「私は最近」

「また、会いましょう」

次会う時に、この体験を話そう。

また会えたら、楽しく穏やかに。 

そんな調子で送る日々は、なにか以前よりもあたたかく。 

一歩一歩自分の足で歩いているような、そんな感覚になる。 

自分の見た目をした誰かではなく、自分で自分を生きている。 

ただ、彼女は命の期限が人より早めに決まっているらしい。 

次に会える日は来るのかわからないが、 会えたその時穏やかに、あたたかい時間を過ごせるように。

今日を丁寧に紡ぎたい。

2.ナギサ 

自分の入る企業が、高額な治療薬を独占していることにはなんとなく気づいていた。 

「ヒューマンプールに入ったの?すごいね!」 「ヒューマンプールの薬ってすごいよね」

 「ヒューマンプールって超エリートコースじゃん」 

手に入れたのは社会から賞賛される肩書き。

週5勤務。

時間は9時から17時まで。  

週休2日。

育児休暇、産休あり。

本人及び家族が病気になったら、治療薬を無料で利用できる。

ナギサの仕事は 専門的な知識を必要としない。

 特別なことと言ったら、年一回の見学会のガイドを任されていることくらい。 

そんな毎日を、ナギサは気にいっている。

ただ。

「息子が病気で、もう余命がわずかなんです!どうか、どうか」 

「なんで治療薬の作り方を公開しないんですか?」 

「従業員とその家族だけ無料で治療薬使えるの、なんか変」

こんな世の中の声も、たしかにある。 

年一回の見学会のガイドをする時、私は少し、緊張する。 

世の中に認められる輝かしい会社が、この国の人に本当はどう受けとめられているのか。 

食べた魚の小骨が喉の奥に刺さったように、私は少しだけ、緊張するのだ。

3.豆田

私は手の中の透明な容器に入った緑がかった水色の液体を、光にかざした。 

この薬を手に入れるためだけに、何年も何年も入念に計画を立ててきた。 

「綺麗な色だなぁ」

でも、私は本当にこれが、欲しいのだったか。

 彼女のとなりでただ、時を共に過ごしたり。

その日にあった出来事を共有したり。

彼女が笑ってくれるのを、ただ眺めたり。

そんな毎日を過ごすより、 やはり彼女の人生が、 この先健康で元気になるような、  そんなこの緑がかった水色の液体が、必要なのではないか。 

例え自分が、その未来にいなくても。

私は目の前でゆらめくその液体を眺める。

近くにあった赤いランプが点灯し、綺麗な色が醜く濁った。 

サイレンが、遠くで鳴り始めていた。

4.マチ

「そこのリモコン、取って」

基本的に雑な兄だった。 

でも、頼まれたことをすると、ふわりと笑って頭をなでてくれる。 

そんな兄だった。

亡くなって、もう何年になるだろう。 

「俺が億万長者だったらなぁ。俺もマチも元気に健康で、普通に暮らしてたかなぁ」 

そんなことを、やけにのんびりと言う兄だった。

「そんなことないと思う」 

私がまっすぐに目を見ながら言うと、ふわりと笑って頭をなでる。 

この人は、本当に分かっているんだろうか。

今日という与えられた1日は。

今目の前にいるあなたは。

二人の病気が治る夢よりもずっと、 私にとって大切なのだということが。

ふわりと浮かんだその笑みに私はむしゃくしゃして、 そのあたたかい背中を叩くのだ。

 
 
 

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