赤い耳 7章 GUILD(完)
- みうらさここ

- 2022年4月30日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年9月11日
1.Lon
「おかえりなさい、フリーさん」
扉を開けた手が、少しだけ強張った。
「いつもありがとう、ロン。変わりなかったかな」
「はい。静かに眠り続けています。
健康面はシャーロットさんが把握してくれていますし、あまり問題はないかと」
テーブルに、煙草が数種類並んでいる。
「煙草屋で育ったので、ギルドで吸う人にいくつか勧めようかと思って」
来たばかりの時のぼんやりした印象はもうない。
相変わらず無表情ではあるが、ロンはそれなりにギルドの他のメンバーともやり取りをしているらしい。
「セルガさんが、こういうことしてたから」
「煙草には詳しくないはずだけれど」
「いえ。そういうんじゃなく。
仲間の1日が、よくなるようなこと」
ロンは、煙草を抱えて、失礼します、と自室に向かっていった。
2.Jan(net)
またしばらく経ったある日。
久々に帰るその部屋に、何かをもって入ろうとしている人影を見た。
「これ、セルガに」
ジャネットは、肌触りの良さそうな服を抱えていた。
「服はもう足りていると思うよ」
「違うから」
ぐっと、押しつけられた。
「俺の作ったものは、違うから」
そのまま、踵を返して部屋に戻っていった。
3.Giselle
「…あれ?開かないな」
その声を聞いて、フリーは扉を開けた。
「なんで鍵なんか…げっ」
げっ、とはなんだ。
「久々っすね」
「僕のライター返せ」
「はいはい」
ぽいっと投げ渡されたそれを、念入りに調べる。
合格。
「よし、いいだろう。出て行け」
「何様なんすか。俺、今日はセルガさんのソファの調子見にきたんすから」
「ソファ?」
「ロンとジャネットがよくそこで寝てるんすよ。
ジャネットが壊してないかなって」
なんでもいいから、ここに来る理由を探しているように見えるのは気のせいだろうか
「お前、セルガとなんかあったのか」
「は!?ないっすよ!!
大体うちのボスとあんたみたいな物騒な男に守られてる人、手出す気にもならないっす」
ただ、とジゼルは静かに工具を取り出す。
「前に『お前が物を手入れする音、落ち着くなぁ』って、言ってくれたから」
その音は、しんと静まり返った部屋に、
じんわりと広がっていった。
4.Charlotte
またしばらく経った、ある日。
「はい、これ」
「?」
「あんたへの栄養剤よ。最近ろくに休んでないんでしょ」
シャーロットが茶色い液体が入った、小さめのビーカーを渡す。
「液体だから消化の負担にもならないわ」
「ありがとう」
「ところで、まあ彼女のことだけど」
バサ、と書類を投げ渡される。
「今のところ眠り続けている以外に異常はないわ」
「想定内だ。ありがとう」
「今のあの人を、どうやって幸せにするのかしら」
シャーロットは意地悪く笑う。
でもなぁ…。
「それが困ったことに、もうあの子は十分幸せみたいだよ」
「はぁ?」
本当に困った。
フリーがあの部屋を訪れるのは、そんなに頻繁ではない。
セルガが眠りについてから、数年は経った。
それなのに、訪れるたびに誰かしら彼女に小さな幸せを運んでいる。
「僕が特別何もしなくても、彼女は十分幸せだったんだよ」
「ふぅん」
シャーロットはつまらなさそうに、何かを持ち上げた。
「じゃあこれも、もう必要ないわね」
カラン、と遠くに置かれる水色の液体が入った小瓶。
「?なんだい、それは」
「…まあ名づけるとするなら」
あごに手を添えて、微笑む。
「princeps osculum」
5.Flee
「言っとくけど、例外だらけのこの状況でこの薬が効く確証はないわよ」
なんでもいい。
なんでもいい。
頼むから。
フリーははじめて神に祈った。
カラン、という音で処置が終わったことを悟る。
しかし、何の物音もしない。
氷のようにひややかな静けさだけが、広がっていた。
目を開きたくない。
認めたくない。
諦めたくない。
君がいない世界に、僕を置いていった君が憎い。
語る友も想う人も、心を委ねられる幼馴染も、大切な存在をいくつも同時に奪っていった君が恨めしい。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
「…ィ」
手が、震えた。
「けほっ…お前、すこし…痩せたんじゃないのか」
おそるおそる目を開くと、
うっすらと青い輝きがフリーを捉えていた。
どんな顔をして良いかわからない。
「…よく眠れた?」
不器用に投げかけたその言葉に、
セルガはあたたかく微笑んだ。
赤い耳 -完-



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