top of page

赤い耳 5章 CHARLOTTE

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年4月30日
  • 読了時間: 3分

更新日:2023年9月11日

1.知恵の実の使い方

「シャーロットくん、一体いつになったらできるんだね」

コツコツとつま先を床に打ち付けながら、男は言う。

襟に止められたピンバッジの数が、その男のこの国での立場を表しているようだった。

「わかりません。私自身新しい試みですので」

「君の優秀な研究は国の宝だ。生物兵器を作る。そんな簡単なことを君ができないとは思えないのだが」

「臨床実験に移るまでに、最低でも3年はかかるかと」

「シャーロットくん」

にこりと笑いながら、男は足を止めない。

「悪ふざけもいい加減にしないと。君の知識は敵国からも狙われていることは重々承知だろう」

私は首をかしげた。

「身に危険を感じた覚えはありませんが」

「とぼけないでいただきたい。君の命はこの国が握っていること、どうか忘れないでくれ」

この国が握る最高級の研究者が、こんな所にいようとは。

誰も気づかないだろう。


2.白い牢獄

ここに来て3ヶ月は経っているはずだが、私はこの場所がなんなのか知らなかった。

ただ、研究に必要なものは揃う。

壁には監視の役割も込みだろうが、助手がいつも2人立っていて、

私の行動を見張っている。

実験に影響が出ないようにか、シャワーとトイレは別室に用意されていた。

ここで食事を食べ、排泄をし、体を洗い。

そして研究を進めるふりをして、時間を稼ぐ。

いつまで続くのだろう。

いつまで私はここにいるのだろう。

いつになれば私は。

そんな時、あの男は現れた。


3.未来の靴音

コッコッコッ…

扉の向こうから靴音が近づくのは、あの偉そうな男が来る合図だった。

さて、今回はどんな言い訳を考えるか。

コンコン。

そこで違和感に気づいた。

あの男は一度もノックなんてしたことがない。

見張っていた手下たちは扉を開けた人物を見ると、仰々しく頭を下げて廊下に去っていった。

なにが。

なにが起こっているの。

「ごきげんよう、シャーロット。僕は商会を営んでいる、フリーという者だ」

にこりと笑って、金色の髪と瞳を持つその男は言った。

「君と、取引がしたい」


4.ギルドを守る者

「出会った時から、君には頼んでばかりだなぁ」

金色の男は、にこりと笑った表情を崩さずに言う。

「とかなんとか言って、あんたの考えてることは今も昔も変わらないでしょ」

私は、彼の胸に書類の束を押し付けた。

「頼まれてたやつ、できたわよ。

セルガさんの生体記録と、そこから計算した…余命。

前例のないものだから、あまり自信はないけど」

「ありがとう」

死の気配にも揺るがないこの男を、不気味だと思った。

私をスカウトしたのは、別に可哀想な1人の科学者を救うためじゃない。

訳ありな人物が多く住むギルドのセキュリティを、万全にするためでもない。

あの人の住まいを安全なものにするため。

私によく本や論文を差し入れるのは、別に私の生活を豊かにするためじゃない。

あの人の「これから」を、いち早く把握したいから。

「最近裏の仕事も増やして、正義の味方もやってるみたいだけど。

あなたは、正義のヒーローにはなれないわよ」

「…別に、あの子のためだけにやってるわけじゃないんだけれど」

小さくつぶやかれた言葉は、私の心には届かなかった。

「あの子が幸せに生きてさえいてくれたら、僕は偽善者でいい」

少しだけ、男の瞳の色が見える。

眩しいくらいの、透き通った金色。

次の瞬間には元の笑みを浮かべ、じゃあ、と部屋を去っていった。

「そういうところが、嫌いなのよ」

私は、すっかり冷めたコーヒーを口に含んだ。

柄にもなく、砂糖を入れたくなるほど苦かった。



ree

コメント


記事: Blog2_Post

©2022 by みうらさここ 著作物の転載を禁じます。

bottom of page