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赤い耳 6章 SERGA

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年4月30日
  • 読了時間: 7分

更新日:2023年9月11日

「仕立ててやったんだから、普段から着ろよ!」

「だってあんな明るい色の服、落ち着かない…ジゼル…助けて」

2人はジゼルの周りをくるくると回りながら会話している。

ジゼルは苦笑い。

「2人とも、いったん落ち着けって」

「あら、そこは『俺の服も作ってくれ』じゃないの?」

シャーロットがジゼルをつつく。

「ツナギが一番落ち着くんすよ」

「あーあ!これだからジゼルは!」

「…これだからジゼルさんは」

「これだからジゼルはいけないのよ」

「おかしい。絶対におかしい」

笑いながらロンと肩を組むジャネット。

ジャネットと微笑むロン。

ゆるく首を振るシャーロット。

振り回されてがっくりと肩を落とすジゼル。

「ただいま」

あたたかい目をしたフリー。

「おかえり」

私は、この光景をあと何回見られるだろう。


1.黒と白の夢

ドォン…ドン…

誰かの叫び声と、舞い上がる粉塵。

ドン、ドドドドドドドド…

弾ける閃光。悲鳴。

ドン、ドン、ドン、ドォン…

どれだけこの小さな手で守ったって。

私が目の前の1人を生かしたって、その横で銃が火を吹けば何人もの人間が死んでいく。

どうしたらいいんだ。

誰か。

誰でもいい。

はやく。

どうか一瞬でもはやく。

この悪夢を終わらせてくれ。


2.忍び寄る影

「セルガさん…!セルガさん!」

はっと目が覚めると、ロンが顔を覗き込んでいた。

「大丈夫ですか。何か大きな音がして、覗いてみたら机とセルガさんが倒れていました」

「…ああ。頭から倒れなくてよかったな」

どうやら机にぶつかったおかげで、ソファに倒れ込んでいたらしい。

「何か飲み物を持ってきます」

ロンが身を翻そうとして、止まる。

はっとした。

気づかないうちに、私はロンのベストの裾を掴んでいた。

「…あ」

すまない、と言おうとした瞬間、ロンが裾を握っていた手をぎゅっと握った。

「…僕、あなたに色々なものを貰いました。

それは、決して楽ではなかったけど。

できることはしたいと思っています。

それは、どんなことでも」

そのまま、隣に腰掛ける。

「たとえば、こうやって横に座ることでも」

あたたかく微笑んだ、その顔はなんだか、頼もしかった。


3.もしも明日、世界が終わったら

「ただいま」

「おかえり」

いつも通りのやり取りの後、フリーが金の髪をがしがしとかいてボサボサになる。

その後、私の方に手を伸ばした。

「?」

少しだけ身構えると、伸びた手が上に逸れて、髪がわしゃわしゃとかき混ぜられた。

「うわっ…なんだ」

「君ももう少し人間らしく、汚れちまえばいいのに」

なぜかため息をつかれて、頬をかく。

「私はお前が思っているより綺麗じゃないぞ」

「はあ?」

「私は、臆病な人間だよ」

フリードリヒは再度、私の髪をかき混ぜた。

目の前が見えなくなる。

どんな顔をしているか、分からない。

「例えばなんだけど。こんな話がある」

少しだけ固くなった声に、耳を澄ませる。

「明日地球が終わるとしたら、君はどうしたい」

「…それは大変だな」

「まじめに考えなかったら絶交だ」

「お前との長い年月が一瞬でなくなるくらい重要な問いなのか、それは」

「いいから答えて」

私は、よく考えてから答えた。

「…まず私は、生きる責任があると思う」

「うん」

「他人にこれだけ生きろと言っておいて、自分から命を投げ打つことは許されないからだ」

「…そんなことを聞きたいんじゃないんだけど」

フリーは一筋、私の髪を引っ張った。

少し痛い。

「いつも通り暮らしたいな。ただ、今までお世話になった方や仲間に挨拶はしたい」

「…それだけ?」

私はこくりと頷いた。

「これが食べたいとか、これが見たいとか、ないの。地球の裏側からでも手に入れてみせるけど」

なかなかの気合だ。

だけど。

「もうあるからなあ」

笑顔のロン。

楽しそうに遊ぶジャネット。

満更でもないジゼル。

趣味の研究する元気なシャーロット。

ギルドの活き活き生きている奴ら。

フリーは、再度髪を引っ張る。

「僕は」

「お前は…なんか、全部」

「全部?」

「はじめての契約を守ってくれたこと。

怖い夢を終わらせてくれたあの日の笑顔。

隙なく仕事してるとこ。

こうやって一緒にいてくれる時間。

なんだかんだ色んな人を大切にするところ」

見えないけれど分かる。

照れている。

「お前、気を抜くとすぐ顔が赤くなるの本当に気をつけた方がいいぞ」

「僕はフリー商会のフリードリヒだよ。お世辞ぐらいで顔が赤くなるなんてこと」

そろそろいいだろうか。

髪をかきあげて、目の前の顔を見る。

やっぱり赤かった。

「とにかく、わかった。

いつも通りでいいんだね」

「ああ、いつも通りがいい」

フリーは、こくりと頷いた。

それから、1週間後だった。

「おっ、と」

「セルガさん!」

「…大丈夫だ。あれ」

いつもの目眩で倒れたあと、立ち上がろうとしたら。

足に力が入らなかった。


4.足跡の待つ個室

「いいから、自分の仕事をしろ」

部屋にぎゅうぎゅう詰めになったギルドのメンバーに、私は言った。

「ジャネット、お前今日納期のワンピースはどうしたんだ」

「ど、どうにでもなるあんなもの!」

「明日のデートに間に合わせると約束したんだろ。とても困ると思うぞ」

「うっ…」

「ジゼル、今日は何か直すものないのか」

「別に何にもないっす」

「ジャネットが壊した椅子直すって言ってたろ」

「はい…」

「シャーロット」

「私はあなたに何か言われる筋合いないわよ。

私の研究は、最近はもっぱらあなたのことだもの」

「そうか」

私のこと…?

「とにかく、ロンとシャーロット以外はちゃんと仕事に行け。休みを取れ。各々やるべきことをやれ。以上」

ずらずらとギルドのメンバーが廊下に出ると、ロンが申し訳なさそうに扉を閉める。

「すまんな。本当はお前も何か仕事に行かせてやりたいところなんだが」

「いえ。かえって外の人達に申し訳ないですよ」

なぜ。

首を傾げると、ロンが微笑む。

「…セルガさんは、自分で思っているより多くの人の背中を押してきたから」

お茶淹れてきます、とロンが扉を開いた。

すると、扉のすぐ外にまだ何人か残っていた。

焦ったように姿を隠す。

私は目を見開いたあと、思わず笑ってしまった。


5.まどろみ

だんだん、夢と現実の境がどこなのか分からなくなってきた。

幸せなことに、見る景色は皆楽しいものばかりだ。

ここで色んな人生が交差して、様々な変化が起こって。

そうして皆が、私の中の黒と白の世界まで変えてくれたんだろう。

別れる時、皆は「また」と言う。

私は「またな」とは言えずに黙って手を振る。

「ただいま」

金色が近づいてくるのが、霞んだ視界の中でぼんやりと分かる。

「おかえり」

夢じゃないといいな、と思いながら、そう返す。

「皆たびたび君に会いに来る以外は、いつも通りだよ。これで満足かい」

「ああ。私は満足だ。いい人生だった」

少しの間、静寂が訪れる。

私は前にフリーにあったときに交わした言葉を思い出した。

もしも明日、世界が終わったら。

「あの言葉は、もしも明日、私が死ぬとしたら。の言い換えだったんだな」

「…頼むから」

籠ったような声が、震えながら紡がれる。

「頼むから僕に何かさせてくれ。

このまま、僕がいない間に君が死ぬくらいなら…」

首に冷たい何かが巻きつく。

フリードリヒの指だと気づくまでに少し、時間がかかった。

私は、ため息をついた。

「ちょっと前に、似たようなことをしようとした奴がもう1人いたぞ」

「誰だよ、それ。僕知らないんだけど」

「言ってないからな」

「信じらんない!

僕たち、もう十何年も一緒にいるのに!

ほんっとに…ほんっとに信じらんない!!」

はぁぁ、とため息をつくフリードリヒに、私はにやりと笑った。

「お前が知らないことを、もう一つ教えてやろうか」

「なにが。もうさすがにないでしょ」

責めるように投げかけられた金の瞳を見つめる。

初めて会った時。

フレイドルさんに、被されていた布をとられて。

まっさきに目に入ったのが、この金色の少年だった。

天の使いが現れたのかと思った。

なんの迷いもなく。

「綺麗だなって思ってるよ」

「え?」

「お前のこと。はじめて会った時からずっと」

はあ!?と、顔が赤くなったフリードリヒが、なんだかおかしくて笑ってしまった。

「かっこいいとか、頼りになるとか、仕事ができるとかじゃないの!?」

「それは皆に言われ慣れてるだろ」

「だ、だって綺麗だなんてばあやにしか言われたことないぞ!」

「お前に綺麗と言う言葉を投げかけた人はもう既にいたのか」

「…?」

「私はもう膝も貸してやれない。ロンも外で待ってるんだろ。早く自室に戻れ」

一人に慣れろ。

そして、一人に慣れたら。

心を開ける誰かを見つけろ。

私以外の人間と、一緒に生きろ。

人間が信じられなかったら、動物でもいい。

そうして、お前が肩の力を抜ける場所を増やしていけ。

背負いすぎるな。

「行け」

何かいいたそうな空気を察したが、気づかないふりをして私は布団に潜り込んだ。

それを最後に、私の記憶は途切れた。



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