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赤い耳 4章 GIZELLE

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年4月30日
  • 読了時間: 7分

更新日:2023年9月11日

1.修理屋の息子

俺は、この街の修理屋の息子だった。

フリーさんに雇われ、気づけばここで、いろんなものを直していた。

契約の注意書きはひとつ。

ここで見聞きしたことは決して外に漏らさないこと。

毎日顔を合わせ、なんでもない話をする。

踏み込みすぎない。

深入りはしない。

だから、俺はこいつらの背負ってるものなんてわからない。

どのようなものかも。

どれほど重いのかも。

どうしたら救ってやれるのかも。

何も知らない。


2.机の修理

とある日のこと。

「セルガさん、頼まれた机持ってきまし…た…」

「「あ」」

ベッドで誰かを膝枕しているセルガさん。

ひざで揺れる金髪。俺が言うのもなんだが、かなりボサボサだ。

その男の、不機嫌そうにしかめられた顔。

しかもその男の背中には、セルガさんの耳にある耳飾りと同じものがつけられている。

「すみません。何も見てません」

「待て。待て。

逃げるな。目を腕で覆うな。

鍵をかけ忘れてた私が悪いんだから」

「…フリーさんが聞いたら悲しみますよ」

「そ…そうだよな、幼馴染だから気まずくもなるよな」

セルガさんは曖昧に笑っていたけれど、

男はセルガさんの膝の上で酒を飲みながらこちらをじっとりとした目で見ていた。

誰かに似ている気がするけれど、それが誰だかわからない。

「俺、誰にも言いません。特にフリーさんには、絶対に」

「…あいつには、別に言ってもいいけどな」

「言えませんよ」

その場はそれで、おしまい。

俺は修理した机を届けて、どきまぎしながら次の仕事に取り掛かった。

また、別のとある日。

ギルドのほとんどのメンバーが大掛かりな仕事に出かけた真昼間のことだった。

「おい、お前」

その男は、煙草をふかしながらセルガさんの部屋の前で壁によりかかっていた。

「はい」

「なんで誰にも言わないんだ」

「いや、プライベートなことですし。俺はジャ…うちのおてんば娘とは違って、そんなにセルガさんにぞっこんってわけでもないんで」

「なるほど。わかった。

でも、これだけは覚えておいてくれ。

僕の正体に気づいたら、お前を殺す」

ぞっとした。迷いのない目だった。

まるで銃を胸の前に突きつけられたような感覚。

「僕の存在を誰かに他言しても、殺す」

俺は、明確な殺意にしっかりと頷いた。

「大体、あの子と俺の間には何もない」

何もない間柄の2人は膝枕とかしないと思うんだけど…。

「わかりました。何か事情があるんすよね」

「…ああ。わかってくれればいいんだ。悪い」

男は面倒そうに頭をかいた。

気怠そうだが悪い人ではないらしい。

「ただセルガさんは優しいから、

世界を駆け回る商会のボスとか、

おてんば娘とか、

最近入った新人とか、

色んな人に好かれてるんで、泣かせたりしないでくださいね」

これは、この男の身を案じての言葉だ。

あの物騒な3人を敵に回したら、世界の果てまで逃げても追いかけられ、泣きながら命乞いをするはめになるだろう。

「…その3人、どいつがあいつに似合うと思う」

「は…?」

「商会のボス、おてんば娘、最近入った新人。どいつがあいつに似合うと思う?」

この男、何を言ってるんだろう。

でも、よくよく考えてみた。

「新人とおてんば娘は、憧れが入ってるんじゃないすか。

なんかこう、好意というよりは…尊敬?」

「なるほど。商会のボスは」

「うーん…」

すぐにしっくりくる表現ができず、俺は慎重に言葉を紡いだ。

「…その人とセルガさんって、なんかあの2人にしかない空気があるんすよ。

なんていうか、うまく言葉にできないんすけど。

似合うかっていうと2人とも趣味は違いそうなんですけど、

一緒に生きていくには一番いいんじゃないすかね」

ふうん。と、男は興味なさそうに煙草の灰を落とした。

その割に、その口元は少しだけ、満足そうにゆるめられていた。

「見る目があるな」

「はい?」

「修理、ありがとな。あの机は、これからも大事に使わせてもらう」

男は、セルガさんの部屋の中に消えていった。

不思議な男だな、と思った


3.裁ち鋏の修理

「おい、ジャネット」

ガシャン、と割れる音。

おそらく、また鏡を割ったんだろう。

「…壊れてた裁ち鋏、修理しといたぞ」

ぺたぺたと素足で、廊下に向かってくる。

とれかけた長い髪を振り乱し、メイク道具を床にばらまき、ゆらゆらと危なく揺れる目でこちらを見てくる。

ロンが来る前、ジャネットはたまにこうなることがあった。

そしてそれは、決まって夜だった。

地下室の暗闇の中で、何かが壊れる物音が響く。

両隣にいたギルドの仲間たちは、すぐに遠い部屋に引っ越した。

向かいの部屋の俺だけが、そこに残った。

ドレスを抱きしめながら、ジャネットは心細そうに俺を見る。

「お前は、お前だよ。別に、それでいいだろ」

気休めの言葉くらいしか、かけられない俺を。

「何するのさっ」

「俺が新しい服作ってやるって言っただろ!

ほら、早くその服脱いでよこせ!」

「僕はこれが気に入って…あ、ジゼル!ジゼル、助けて!」

じゃれあう2人は、実の兄弟のようだ。

この景色を、あの日のあいつに見せてやりたくなった。


4.ナイフの修理

それはとある朝のこと。

「お前のさ」

「?」

ロンのベストを指差して、続ける。

「お前の持ってるナイフ、手入れしてるのか?

今店の包丁手入れしてるから、ついでにやってもいいぞ」

ロンは、んー、としばらくうなったあと、首を横に振った。

「これは、持ち主の手を離れたこのままの姿でいさせてあげたいんだ。ごめん」

「別に謝ることはないさ。お前の物だろ。お前の好きに使うといい」

ロンはこくりと頷くと、

「でも、ありがとう」

ふわりと微笑んで、仕事に向かった。

そういえば、あいつの笑顔を見たのはあれが初めてだった。

最近は珍しくもなくなったその顔を見ながら、

俺は再び店の包丁の手入れを始めた。


5.実験道具の洗浄

「シャーロットさん、これは…」

「まだまだあるわよ。実験で汚れた容器」

俺は修理屋だったはずなのに、いつのまにか雑用係も兼ねていたらしい。

シャーロットさんは、小柄である。

どれくらいかというと、台に乗らないと流しに手が届かないくらい。

だからこうして、たまに俺が、実験のお手伝いとして呼び出されることとなる。

「報酬は弾むって言ったって、この量を洗うのは…相変わらず可愛らしい見た目して言うことがえぐいっすね」

「全部終わったら、疲労回復の薬出してあげるから」

「そう言う問題じゃないっす」

文句を言っていても、目の前の仕事は終わらない。

がんばれ、俺。

負けるな、俺。

「そういえば、そろそろヒール削れてきたんじゃないすか。よかったら、ついでに修理しますよ」

そっちの方が、汚れたビーカーを洗い続けるより、よほど嬉しい仕事だ。

シャーロットさんは、いつもぶかぶかの白衣と赤いピンヒールを履いている。

研究のしすぎなのか、たまにふらふらしながらそこらへんに脱ぎ忘れて、裸足で歩いてることもある。

「これが終わったらね」

「そうっすよねぇ」

ぼん、と隣で大きく煙が上がった。

また新しく汚れた容器が生まれてしまった。

今日は一日、この部屋にこもりきりだろう。

悲しい。

「そういえば、今は何の研究してるんすか」

「限界を超える活動をし続けた際に受ける人体へのダメージと自己修復力について」

一度聞いただけじゃ、理解できなかった。

「なんか難しそうっすね」

「別に、難しくないわよ。仮説立てて検証して違ったら次。その繰り返し」

「なんのためにやるんすか?」

シャーロットさんは、まつげを伏せた。

「恩人の大切な人を守るため」

「?」

「…とにかく、手を動かして。いつまで経っても終わらないわよ」

はい、やります。

今日は俺、ここで頑張ります。

「…なんか一回、やる気出ることしてもらってもいいすか」

「なによ。がんばれにゃん?」

「俺すごい変態みたいじゃないっすか!

違いますよ。肩揉みするとか、昼ごはん持ってくるとか」

うーん、と少しだけ考えたあと、シャーロットさんはこう言った。

「それ込みの報酬だから」

「そうっすよねぇ」

帰りたい。


6.ライターの修理

たまにしか会えないけれど、

セルガさんの部屋に出入りする男は、ギルドに人気のない日に限って、

部屋の前で煙草を吸っていた。

「…こんちは」

「…なんだ、浮かない顔だな。なにかあったのか」

ぽつりと、なにかがこぼれ落ちた。

「…俺結構、いっつも外側っていうか。

なんていうか、外の立場からギルドにいるあいつらを見てるっていうことが多いんすよ。

背負ってるものを一緒に背負ってやることもできないし。

一緒に苦しんでやることもできないし。

友達みたいになってやることもできないし」

男は何も言わずに、静かに煙草を深く吸い込んだ。

おかげで、これまで感じていた違和感を、ようやく吐き出せた。

「俺、ここにいていいのかなって」

「じゃあ、表に出て修理屋でもやれば」

「まあ、そうなんすけど」

男が吐いた煙が、空中に散っていく。

「…お前がいなきゃ」

「?」

「お前がいなきゃ、この店の料理は食えないし。

ギルドの奴らは長く家具を使えないし。

おてんば娘は服作れないし。

新人は他人とうまく話せないままだし。

小娘は実験でにないし。

このギルドが、成り立たないと思うんだけど」

「…そう、なんすかね」

「客観的に見たら、そうだな」

俺が、支えられていたんだろうか。

あいつらの1日を。

カチッカチッ…カチッ…

「ちっ…」

「ライター、故障したんすか」

「おい、青いの」

「はい」

「次会う時までに、直しておいてくれ」

男はライターを投げ渡すと、セルガさんの部屋に戻っていった。

「はいっ」

俺はなんだか、すぐにでも工具を手に持ちたくなって。

駆け足で、自分の部屋に戻った。



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