top of page

赤い耳 3章 FREE

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年4月30日
  • 読了時間: 11分

更新日:2023年9月11日

1.家族のもとへ

靴音を響かせながらいくつかの扉の前を通り過ぎ、

少しだけ開かれている木製のドアを目指す。

手をかけて中を覗くと、ランプの灯が静かに揺らめいていた。

ぺら、と紙をめくる音がする。

机の上には、淹れられたお茶が冷めないようかけられたポットカバー。

振り返った銀の髪の間から、青い光が僕を捉えた。

「おかえり」

この一言を聞くために、僕は生きている。


2.本当の自分

「フリーさん、前の案件ですが、なかなか向こうが首を縦に振ってくれなくて…」

「あの人は相手の肩書きによって態度を変えるから、僕が行くよ。よく頑張ってくれたね」

「ありがとうございます…!」

「フリーさん、今月の報告書です。目を通していただけたらと」

「今日中には印を押そう。君はもう休むといい。家で母親が料理を作って待ってるんだろう」

「は、はいっありがとうございます!」

「フリー殿。私は昔からこういった食器を集めるのが大好きでねぇ、これは知っているかい?

先代の王がご結婚されたときに、作られたものなんだが」

「存じております。結婚された日の暁にちょうど出来上がるよう、職人が手間暇をかけて作った超一流品。

こちらの品を持っていらっしゃるとは、旦那様もお目が高い」

「そうだろうそうだろう、やはり君は見る目がある」

『完璧人間』

『歩く生き字引』

『最高級の金色』

『この世の全てを手にした男』

フリー商会のフリーは、世界中の人々からそんな風に呼ばれている。

だが、

「おい、疲れてるんだろ。沸かしてあるから、風呂に入ってさっさと寝ろ」

唯一この幼馴染の前でだけは、僕はその輝かしいスーツを脱ぎ、

「いやだ。今すぐ膝を貸してくれ」

1人の少年に戻るのである。


3.フリー少年

僕たちの出会いは、20年前に遡る。

「…というわけでだね、君に用心棒をつけることにした」

全身を白スーツに包んだ金髪金眼の男が、

ステッキをトントン、と床に何度か打ちつける。

「どういう風の吹き回しだ!」

「いや、今説明したじゃん。

君は僕の息子なの。世界を股にかける商会のボス、フレイドルの息子なの。

わかる?君は命を狙われてるわけ」

父は、ペラペラとよく口が回る人だった。

白いスーツに身を包み、

いつでもいい香りがして、

ハットを被り、ステッキをコツコツと響かせながら歩く。

突然笑顔で奇想天外な話をふっかけては、僕が悩む姿を見守っている。

そんな父が、僕は、

大嫌いだった。

「そんなことはわかってる!でも、僕にはいつも護衛がついているだろ。

そもそも、内情を知ることができる固定の護衛を側に置くことこそが無謀な試みだってことに、なぜ気づかないんだ」

「わぁ!そんな難しい言葉も言えるようになったのねぇ、フリー」

「母さんは黙ってて!」

「あらあら」

肩をすくめて、紅茶を飲んでいるのは、僕の母さん。

たまに会えるこの人のことが昔は大好きだったが、

今は、父さんと気が合うから変人奇人の類だと思っている。

どこかの国の王子に仕えているらしく、家にいた試しがない。

今日は僕の誕生日だからと、無理を言って休みを貰ってきたんだとか。

「そもそも、なんで母さんにはつけないんだ」

「母さんは普段全く違う環境にいるし、世の中の人もその存在を知らない。

護衛なんかつけたらかえって不自然で疑われてしまうだろ?

だが、君は違う。商会の跡取り息子として、世に知れ渡っている。

これから、危ない目に遭うことも増えるだろう。

だから」

父は、箱に被されていた布を取り払った。

「ハッピーバースデイ、フリー」

スローモーションのように、布がゆっくりと落ちて行くのを視界の端で捉えた。

箱からでてきたそれは、

「僕からのプレゼントだ。

気に入ってくれるといいな」

僕の目の前で立ち上がった。

「…ちっさ!!!」


4.幼き用心棒

「え、こいつ!?本当に言ってる!?あんまり僕と歳変わらないじゃん!しかもなんか汚れてるし!」

「こらこら。商会の未来のボスがこれしきのことで動揺してはいけないよ、フリー」

「いや、動揺するでしょ!絶対守れないって!絶対すぐ死ぬって!」

「こらこら。人前ですぐ死ぬとか言っちゃダメよ、フリー」

「そういう問題!?」

わなわなと差した指を震わせていると、その子は首をかしげた。

「お前を守れば金貨が貰えると聞いた」

なんだ…?

金銭面で困っているのか…?

「この子はね、生まれ故郷を助けるためにお金が必要なんだ。だから、フリー」

「?」

「今日からこの子が、君の用心棒です」

「…」

「…」

両親は手を振った後、満足げにそれぞれの仕事に向かっていった。

残されたのは、僕とこいつの2人だけ。

「…お前、剣背負ってるけどちゃんと扱えるのか」

「一応。まだ修行中の身だがな」

ぐるるるる、と、音が聞こえた。

お腹をおさえている。

「おい、ばあや。この子に何か作ってやってくれ」

「わかりましたよ、ぼっちゃん。

あらあら、服もどろどろねぇ。なにか大変なことがあったのね。

ちゃんと洗ってあげましょうねぇ」

僕は、うつむいた。

汚いからって、まだ小さいからって。

僕はこいつの事情を何も知らずに、勝手に喚き立てて。

「…僕が、洗ってやる」

「?」

「こい」

「あら、珍しい。綺麗好きなぼっちゃんが人を洗うだなんて」

風呂に案内すると、そこが何かわかっていないようだった。

「…?これは、なんだ」

「それはシャワーって言って、この蛇口をひねればいつでもお湯が出てくる」

「これは?」

「湯船だ。お湯をはって中に入るとと疲れがとれる」

「へぇ、世の中には知らないものがたくさんあるんだな」

物珍しそうにいろんなものを見るそいつの服を、がさつに脱がせる。

「そのままじゃ、体洗えないだろ。ほら、これもはずし…て…」

赤い耳飾りに触れた途端、視界がひっくり返った。

気づいた時には、床に押さえつけられていた。

「…!?」

「これには、触るな」

「…わかった。わかったから、腕をどけてくれ。お前を洗えない」

こくりと頷き、その子は腕をどけておとなしくなった。

「髪がばりっばりじゃないか。これ、時間かかりそうだな…」

「1年間野宿していたからな」

「はぁ…?お前、なんでそんなこと」

その子は黙って、赤い耳飾りに触れた。

「やらなきゃ、いけないことがあるんだ」

社交場に出て、他の家の子どもと遊ぶことはあった。

出会った子はみんな、己の楽しく感じる事を最優先に生きていたように思う。

こいつは、何か違う。

「…それがなにか知らないけど、1年間も野宿なんてお前、よくがんばったな」

丁寧に髪にこびりついた汚れをとりながら僕が言うと、その子は不思議そうな顔をした。

「別に。やりたくてやっているだけだから」

なんとなく、両親が僕の用心棒をこいつにした理由がわかった気がした。

裏表なく、迷いがなく、こんなに汚れているのに、眩しいほどにまっすぐだ。

「ぼっちゃん、体は私がやりますよ」

「はぁ?僕にだってそれくらいできる…」

「だってその子、女の子ですから」

え?

僕は、目の前にいる相手の顔をよく見つめた。

中性的な顔立ちで気づかなかったが、

言われてみればなんとなく、そんな気もするかもしれない。

ちょっと待て。

僕はさっき、この子を脱がせて、

風呂場に入って、

髪を洗って。

「う、うわぁぁぁぁぁぁ」

「ぼっちゃま!?」

「おい、どうした」

「ばあや、あとは頼んだ!」

僕は急いで風呂場を後にした。


5.やりたいこと

「こ、こほん。さっきは悪かったな」

「何がだ?頭を洗ってくれたじゃないか。ありがとう」

律儀に頭を下げられ、かえって居心地の悪さを感じた。

「ところでお前、やらなきゃいけないことってなんなんだ」

「…私の故郷の鉱山では、赤い鉱物がとれるんだ」

「赤い鉱物…ああ、最近貴族の間で話題になっているあの希少な鉱物か」

「知っているのか?」

「社交場で何も知らない子どもを装って近づくと、

いろんな情報が手に入りやすいんだよ」

「お前…なんだかすごいな。

まあ、それで、その鉱物を加工して、貴族に売ろうという話が進んでいて」

「いい話じゃないか。いいものがいい形で世に出る。それが一番だろ」

「いや、そもそもその鉱物自体そんなに量が取れるわけではないんだ。

特殊な石だから、普通の宝石と同じ方法で加工しようとすると割れたり、ヒビが入ったりする」

なるほど。それは扱いづらい商品だ。

「村で1人だけその鉱物を加工できる人がいるんだが、その人ももう歳でな。

その村に住む人が身につける量くらいしか作れないんだ」

「へぇ、そんなに特殊な石を、どうやって外に売りに出すんだ」

「その人に働いてもらうんだろう。無理を言って」

「…それは、いい取引とは言えないな」

取引の形は、基本的にお互いにとって価値のあるよい形でなければならない。

そうでなければ相手の同意は得られないし、結果だけ求めて無理のある取引を続ければ身を滅ぼす。

商人の基本中の基本だ。

「だから、私はどうにか諦めてもらえないかと言ったんだ。そうしたら」

「そうしたら?」

「これを渡された」

取り出されたのは、一枚の紙だった。

『貴村は、鉱物の提供を拒否するかわりに、

村人の生涯得る資産をランベル商会のものとし、新しく生まれた者もこれに準ずる』

「そんなむちゃくちゃな。サインは誰がしたんだ」

「村長だ。銃を突きつけられてな。私がもう少し早く気づけばなんとかなったんだが、足止めを食らった」

「たぶん、その商会が雇った者だろうな…」

その子はこくりと頷き、なんの迷いもなく言った。

「すべての村人が一生分働いて得る金を私が渡せば、しばらくはなんとかなると思って」

こいつは。

なんでこんなに。

「お前がそこまでする義理はないだろ」

「村のはずれに捨てられていた私を、育ててくれた人達なんだ。

私にできることは、したい」

「お前っ…」

だん、と机を叩いた。

その子は、驚くこともしなかった。

もっとお前、自分を大切にしろよ。

そんな言葉が喉まで出かかって、飲み込んだ。

こいつが求めてるのは、そんな言葉じゃない。

そんな陳腐な、言葉じゃないんだ。

「…わかった。

ばあや、少し遠出をする。馬車を手配してくれ」

「ぼっちゃん!?こんな時間にどちらまで」

「北のはずれの村までだ。あたたかい上着を2人分用意してくれ」

父に仕立ててもらった白いスーツに、袖を通す。

前に着た時よりも少し背が伸びて、きつくなっていた。

「お前。これから、僕と取引をしないか」

「取引?」

「ランベル商会が村の鉱物をこのまま手に入れたら、この話はなかったことになる。

でも、僕がランベル商会に村の鉱物から手を引かせたら、その鉱物を僕にも一つくれ」

「もしもそんなことができたら、私たちの恩人だ。

喜んで差し出そう」

剣を背負いなおし、しっかりと目を見て頷くその子に、手を差し伸べた。

「お前、名前は?」

「セルガ」

「セルガ。いい名前だ。僕はフリーという。

セルガ、これは僕と君の契約だ。

必ず、君の心に平和を取り戻す」

「よろしく頼む」

その子は、はじめて笑顔を見せた。

まっすぐで儚くて、目を離したらどこかに行ってしまうんじゃないかと。

そんな気持ちになる子だった。


6.そして、現在

「そんなこともあったな」

「ランベル商会が雇った手下が襲ってきて、

むこうは銃持ってたのにセルガが一人で薙ぎ倒しちゃって」

「あの頃は手加減ってものを知らなかったんだ」

セルガは、僕の背中にピアスとなって揺れている赤い鉱物に触れた。

「もう、外してもいいんだぞ」

「…気が向いたらね」

彼女の言葉に含まれたものに僕は気づかないふりをして、

珍しく休みになった明日1日をどう過ごすか考えていた。

どこにも行きたくない。

この部屋で二人で穏やかに過ごしたい。

ちっと、セルガに気づかれないように舌打ちをした。

そういえば最近入った新人が、セルガの世話役をしているのだ。

どうしたものか。

「そういえば、フレイドルさんから手紙届いてたぞ」

膝の上で目を閉じながら考えていると、頭にいきなり封筒が降ってきた。

「バカ親父から?」

「封筒の裏に、

『この手紙の文字は時間と共に消えて行き、最後は自然発火して消える仕組みになっている。

すぐに読んで暖炉に捨てないと危ないから気をつけてね』

と書いてある」

「本当に危ないのはあいつの頭だろ…

そんなもの息子に送りつけるなよ…」

机の上に手を伸ばすと、セルガがはさみを手に握らせる。

「私が読んで内容伝えてもよかったんだが、お前に当てられた内容を勝手に見る訳にはいかないからな」

「…別に、君になら何見られたっていいのに」

「?」

「なんでもない」

高級そうな封筒にわざと汚く切れ目を入れ、手紙を取り出す。

『親愛なる我が息子へ

お久しぶりです。

元気ですか?私は元気です。

お母さんもまだまだ現役で、お城で元気に働いているみたいだよ。

時間が経つと消えて自然発火するなんて、不思議なインクだよねぇ。

この前闇市で見かけた時、何も考えずに落札しちゃった。

歳はとるもんじゃないねぇ。』

あいつ引退してから何をしてるのかと思ったら、闇市に通ってるだなんて…。

母さんに言いつけてやる。

『最近大きな取引が続々と成功しているようで、父としても誇らしいことこの上ない。

商会を任せたのが君でよかったと、本当に心から思っているよ。』

少しだけ。

本当に少しだけだけど、胸がじんとした。

『最近君は裏で手引きをして、

世界の平和を守ったり、

悪い人を捕まえさせたり、

表に裏に大活躍しているみたいだけど、

私はこの前なんとあのワーゲンシュワルツェライヤ家の幻の名器を手に入れることができました。

まだまだ僕の仕事の勘も衰えていないなぁ、と思う日々です』

ただの自慢話じゃないか。

『ところで、なんでこの手紙を書いたかと言うと、

君にプレゼントを送りたいと思いたったからです。

大人になると、なかなか祝ってもらえなくなるものです。

そうでなくとも、特に、大きな組織の根幹を支えている君は、誕生日などの個人情報や趣味趣向は絶対に他人に気取られてはいけない。

だから、この手紙にプレゼントを同封しておきました。

喜んでもらえるといいなぁ』

「…?これか?」

同封されていたのは、一枚の紙切れと片手に収まるくらいの小さな道具だった。

紙には、細かい文字で言葉が綴られており、記入欄と、印を押す場所がいくつかある。

そして、同封されたこれは。

これは。

「わぁぁぁぁぁぁぁ」

僕は、その物体を目にした瞬間、光の速さで暖炉の中に投げ込んだ。

「どうした」

「なんっっっっっでも!なんでもない!

ほんとに、なんでもないから!」

もう誰も読むことができないよう、ビリビリと破いて紙くずの塊も暖炉に投げ込む。

「あと、さっきの言葉、取り消し!

特にバカ親父から送られてくるものは、

絶対見ちゃだめだ!!!だめだ!!!だめだ!!!!!!」

「わ、わかったから落ち着け顔が真っ赤だぞ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

「落ち着けって」

『追伸:僕は今の君くらいの歳にはもう、お母さんにプロポーズしてたよ』

なんっなんだ、あのバカ親父!!



ree

コメント


記事: Blog2_Post

©2022 by みうらさここ 著作物の転載を禁じます。

bottom of page