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赤い耳 1章 LON

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年4月30日
  • 読了時間: 9分

更新日:2023年9月11日

あの人に復讐をするつもりでこの土地に来た。

それなのに、僕は結局、本当に伝えたかったことは何一つ言葉にできないまま。

あの人に見事に殺されてしまった。

これは、そんな僕の、白と黒の世界の話。


1.白と黒の世界で

「お兄さん!この店寄ってかない?」

町娘が勢いよく声をあげる。よくある客引きだろう。

軽く会釈をして通り過ぎようとすると、腕をむんずとつかんできた。

「ちょっと、このあたしが声かけてやってんのよ。パンの一つくらい食べていきなさいよ」

「あいにく、お金がないもので」

「しょうがないわねぇ。ちょっとフリー!バゲット持ってきて!」

店の奥から出てきたのは、白いスーツに身を包んだ金髪の男だった。

金色の眼が、月のように細くゆるやかなカーブを描いていた。

「僕を顎で使うのは君くらいだよ、ジャネット。この子は?」

「お腹減ってるんだって!」

僕はさすがに首を横に振った。

「いや、そんなことは一言も…」

「これもなにかの縁だろう。中でゆっくりしていくといい」

「僕は別に…」

「ちょっとくらいいいでしょ!天下のジャネット様の誘いを断るなんてあんた、罰が当たるわよ」

「だから、君の誘いを断ったわけでは…」

「食べるったら食べて!はい、スープとパン」

でん、と卓に食べ物は置かれたものの。

「あの、スプーンは…」

「べ、別になくても飲めるでしょ。何贅沢言ってんのよ」

「こらこらジャネット、お客様に失礼だろう。持っておいで」

バキッ。

娘はほほを膨らませながら、スプーンを机に突き刺した。

「これでいいんでしょ!フリー」

「そうだね。これでいいよ、ジャネット」

紳士は、ふわりと笑った。

「…僕に、何か用でも」

「大したことじゃないんだ。ひとつ、聞きたいことがあってね。」

紳士は机に突き刺さったスプーンを、静かに引き抜いた。

まるで、元々そこに置いてあったものを持ち上げるように。

「最近、うちの身内を追い回しているみたいじゃないか」

スプーンの柄をこちらに向けて、紳士は続ける。

「目的は、なんだい?」

少し後悔をしていた。

あの娘に応じたこと。

この男と、出会ってしまったこと。

そしてこれからおそらく、あの人と再会することになる予感に。

「おい。そこらへんにしておけ」

カツカツと、聞きなれたブーツの音を響かせながら、ゆっくりとその人は姿を現した。

風に揺れる銀髪。

赤い石の耳飾り。

あの日の空のように、青い瞳。

モノクロの世界で、銀色と青だけが、目に焼き付いた。

「そいつは、このギルドに入るために私を追い回していたんだ。そうだろう?」

「…はい、そうです

「それは失礼。すぐに契約書を持ってこよう」

紳士は店の奥へ消えた。

まっすぐに投げられた、視線。

名前も知らないこの人の胸に、僕は今日、ナイフを突き刺す。

「遅ればせながら、僕はフリー。フリー商会の取締役だ。

このギルドを運営している」

フリー商会と聞いて納得した。

以前、聞いたことがある。

金髪金眼の男が、先祖代々何世代にもわたって世界を飛び回って商いをしていると。

この笑みを絶やさない男の、ただものではない雰囲気がそれを証明しているようだった。

「ギルドについて説明しよう。

ここは僕たちの住処にもなっている。

生活スペースは地下。これから案内するが、隠し階段の場所をよく覚えておいてくれ。

朝晩二食、この店で食べられる。そのかわり、君には表には出ない仕事をしてもらう」

「表には出ない仕事?」

「早い話が、頼まれる仕事さ。

僕の運営している商会に依頼されるもの。

このギルドに依頼されるもの。

件数にノルマはないが、専門的な知識を持っていない場合は小さい案件を多くこなした方が後々いい経験になるだろう。

…そもそも」

紳士は微笑んだまま言い放った。

「特殊な技術ならばもう、持っているかもしれないが」

しん、と空気が静まり返る。

「しつこいわよ、フリー。

セルガがこいつをギルドに入れるって言ったんでしょ。

なんかぼーっとしてて気に入らないけど、しょうがないじゃない」

娘は手を突き出した。

「あたしはジャネット。

これから隣の部屋になるんだから、握手くらいしなさい」

「…ロンです。よろしく」

奇跡的に、僕の手は無事に戻ってきた。

「今なんか失礼な事考えてたでしょ」

「いえ」

「あっそ…私の部屋勝手に覗いたらぶっ飛ばすから」

僕は静かにうなずいた。

娘は、どすどすと音を立てて店の奥に消えていった。

仕組みはわからないが、突然消えたように見える。

あれが隠し階段なのだろう。

「それではロンくん、契約書にサインを」

とんだ茶番のようだと思いながら、ペン先を走らせた。

よりにもよって今日、この先を決めるような紙切れにサインをするだなんて。

「赤い耳に、ようこそ」


2.住処

「…で、なんで僕はここに」

「フリーが言ってただろう。お前は今日から私の世話役だ」

自室から遠く離れたその部屋は、入る前から木製の扉が半開きになっていた。

「鍵を閉めなくていいんですか?」

「ここに盗られて困るものなんかない。

稼いだ金はあいつに預けているし」

ああ、と納得した。

金銭を預ける間柄だ。よほど親しいのだろう。

先ほど僕にこの人の世話役を命じた紳士の、苦虫をかみつぶしたような顔。

娘はなぜか、それを見て心底楽しそうに笑っていた。

「私から言い出したことだが、あいつ休みの日はどうするんだ…」

「休みの日?」

「いや、こっちの話だ。ソファにでもかけてくれ。茶ぐらい出すさ」

僕を残したまま、本当に部屋からいなくなってしまった。

なんだか心配になるくらい無警戒である。

部屋には、ベッドがひとつ。ソファがひとつ。ソファの前に、小さな丸テーブルがひとつ。

壁側に小さなタンスと、タンスに立てかけられた剣が一本。

剣は簡単に抜けないよう、紐でしっかりと縛られていた。

この剣が、どれほど多くの人を救っただろう。そして、どれほど多くの人を狂わせただろう。

「おい、勝手に触るなよ」

はっと振り返ると、手に湯気の立つカップを持って立っていた。

「お前にそれを抜かれちゃ困る。それは…」

その時、急に視界から人影が消えた。

相手が倒れたのだと気づいたのは、視界の端に転がったカップを捉えた数秒後だった。

「大丈夫ですか」

手を貸すと、僕に体重を預けながらゆっくりと立ち上がった。

「いつものことだ…こうして、手を貸してくれると嬉しい」

これは誰だ。

あの時目にしたあの人は、もっと。

もっと。

「昔話でもしようか」

お前の知らない話だと思うぞ、と。

その人は静かに微笑んで、話し始めた。


3.昔話

私は王の命令で戦に出る時。

フリー..,さっきお前に契約書を書かせた奴だ。

あいつと誓ったんだ。

戦の外と中から、二人で、この戦を終わらせるんだと。

だから、人を殺さなかった。

戦場にはしばらく戻ってこれないように、手加減して相手をしていたんだ。

味方の兵には裏切りだ、信じられないことだなんて言われたが。

そんな私の仲間になってくれるやつもいた。

だが、私の真似をするやつは大体、その瞬間に死んだ。

助けようとした敵兵に殺され。仲間に裏切り者だと罰せられ。

皆いい奴だったのに、なぜか私だけが生き残った。

生かした敵兵を味方が殺した。

生かした敵兵に味方が殺された。

それでも私は殺さなかった。

バカらしいと思うだろうが、私はそれでも、殺さなかったんだ

誰より多く、人を打ち。

誰より多く、人を倒し。

誰より多く、敵を生かして返した。

それだけが、あいつとの誓いを違えない道だと信じていた。

色々考えずに殺すやつより体を酷使したんだろう。それか、生かした敵兵に殺された味方が私を恨んだのかもしれない。

戦が終わったと同時に私は戦地で力尽き、目が覚めた時には、ぼろきれのような体だった。

あの生と死だけが背中にこびりついていた白と黒の世界の、どこかの瞬間だったのだろう。

お前と会ったのも。

「なあ、少年兵」


4.懐の殺意

「…いつ気づいたんですか」

「その、物騒なものだよ。お前のベストの内側に入ってるものだ」

ロンはジジジ、とベストを開けた。

ここには、戦地に行く前に支給された暗殺用のナイフが入っている。

大量に。

心が死んでいった、仲間たちのナイフが。

「初めて出征したあの日。戦争が終わる直前だったあの日。あなたは僕らを生かした」

でもそれが、それこそが、生き残った僕達を人間ではないものにしてしまった。

村の口減らし、親の金欲しさ、領主の中央への顔色伺い。

そんな理由で僕たちは、終戦直前とある施設に集められた。

短期間で人の命を奪う技術を叩き込まれ、施設で優秀な成績を残したものは戦地へ派遣された。

僕達は、そこで、悪魔と出会うことになる。

敵国の兵士を一人でも多く殺す。

ただそれだけを考えて生きた僕たちは、気づくと悪魔の前に倒れていた。

大地に頭が張り付いていた。

皆意識を失っているようだったが、僕はなぜか、おそらくその場で唯一、かろうじて意識を保ったまま、地面に倒れていた。

青い空。

同じ服を身に着けた、真っ黒な仲間たち。

『成人したら吸え』と母にもらった煙草が、少し遠くに転がっていた。

その煙草に手を伸ばした時。

口に土埃が入って、むせた。

銀色の光が、音もなく近づいた。

銀の間をゆれる青い眼は、僕を捉えていた。

死を、予感した。

頭がゆらゆらと揺れて、ああ本当に、死が近いのだと思った。

自分もやっと、そちらへ行けるのだと。

ちがった。

頭を撫でられていた。

「」

その人は、異国の言葉で話しかけ、来た時と同じように音もなく消えた。

その後、僕が目を覚ました場所は病院で。

手当をしてくれた人に聞くと、銀髪の敵国の剣士が救護班に僕たちのいた場所を教えたらしかった。

「…生き残ったから、なんだっていうんだ」

帰る町は戦火に燃えた。死に物狂いで身に着けた技術も、もう使い道はない。

僕達の心は少しずつ、曇っていった。

腐っていった。

なんでこんなことになったんだ。

どこで僕は間違えたんだ。

誰のせいで僕達の心は、こんなに腐りきってしまったんだ。

「だから、今日僕は」

すっ、とベストから、僕は僕のナイフをとりだした。

「あなたを、殺しに来た」


5.悪魔の殺し方

穏やかな呼吸が、冷たい金属を通して伝わってくる。

変わらない表情で、あの青い眼をまっすぐに向けて。

この人は、僕に殺されようとしている。

指に力が入った。

ちり、と血が一筋、流れる。

赤い耳飾りが首を染める赤に返事をするように、キラリと光った。

綺麗だな、と思った。

場違いに。

「なかなかいいだろ」

のど元にナイフをつきつけられながら、それでもその人は、微笑みを浮かべていた。

「故郷の職人が作ってくれたんだ。」

「…」

「お前と握手したジャネットはな。

家が嫌になって、家出してたどり着いたんだ。

他にも、いろんな事情を抱えてる奴が、ここにはいる」

「…だから、なんだっていうんだ」

「ここに、行く宛てがないやつは山ほどいる。

私もそうだ。存在自体がありえない。

存在してはいけない。

だけどな、お前は違う」

ナイフを握る手が、やさしく包まれた。

「帰る所がないなら、雨宿りをすればいい。

過去がないなら、過去を紡ぐその時までここで休んでいけばいい。

お前は今、生きて、私の目の前に、ちゃんといるじゃないか」

その瞬間。

僕は、ナイフを握った手を横に素早くひいた。


6.いつかのあなた

扉に突き刺さったナイフが、空気を震わせる音を静かに聞いていた。

「なんで」

気づくと、僕は。

悪魔の首を締めていた。

「あの時僕を殺してくれなかったんだ。なんで」

だけど、いくら力をこめても。

なぜか指は、動かない。

「今、僕を殺してくれないんだ」

「お前こそ」

悪魔の手が、ひらりと近づき。

ゆっくりと、僕の頭を撫でた。

「何をそんなに苦しんでいるんだ」

言ってみろ、と悪魔は言った。

僕は、わかっていた。

僕は、この人を殺しに来たんじゃない。

この人に、殺されに来たんでもない。

もう一度、すくい上げてほしかったんだ。

この、白と黒の世界から。

悪魔は、青い眼をまっすぐ僕に向けて、再び言い放った。

「お前は私が殺した」

だからもう、お前は自由に生きろと。

いつまでも指に力が入らない僕の頭を、穏やかになでながら。


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