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ひきたてなだの大捕物 第六幕(完)

  • 執筆者の写真: みうらさここ
    みうらさここ
  • 2022年4月30日
  • 読了時間: 4分

更新日:2023年9月11日

◇引立那駄の大捕物

パキン、と額で何かが割れる音がした。

手で触ると、ぬめった感触の中に固い小さなものが一つ。

角だ。

角が生えている。

神仏の世の住人に。

口元まで流れたなまぬるい雫を、舌先で舐めた。

『僕もついにあやかしかぁ。

神でおられず人にもなれず、ついに君達のお仲間になった訳だけど』

この先どうしようかね、なんて冗談を言ってみる。

神からあやかしになったものなど、どの世界の者からも軽蔑され、笑われるだろう。

那駄もため息をついている。

きっと呆れているんだろうなぁ。

「神なのに呪いなんて吸うか。普通」

『え』

意外な一言。

『ねえ、なぁに?』

僕がにじり寄ると、那駄は目を逸らした。

「…お前があやかしに身を落とした原因は、おそらく俺にかけられた呪いを吸ったからだ。

大掛かりな呪いを浄化するために身を汚したからあやかしになったんだろ。

何でこんな中途半端なやつのために神からあやかしに堕ちてんだお前。

ほんとお前、ほんと…」

耳が赤くなってる気がする。

えー、なにこいつ。

『可愛いとこあるじゃん』

ふわりと頭を撫でると、睨みつけられた。

頬が赤い。

「夜夜子と点に言ったら殺す」

『まあ心配しないで。長年供物が少しだったから、

君でも殺せるくらい小さな存在ではあるよ、今の僕は』

「そう言う問題じゃ…!」

なぜか怒ったような顔をしている。

やれやれ。

お節介なやつだ。

『なんとかやっていくよ。もう神じゃないから、供物がなくても生きていけるし。

あやかしからも神仏からも見つからないように隠れて暮らせば、なんとかなるよ』

あのおばあちゃんには、たぶんもう会えないけど。

いいんだ。

騙してたのはこっちだったし。

本当に素敵な思い出をくれた。

「今、ちょうど困っていることがあってな…」

こほん、と那駄がわざとらしく咳払いをする。

「うちは動物をかたどった奴らが多くて、人の世に入り込めるやつが少ない。

人に化けて町に繰り出せるやつがいると職業柄、その、大変、大変、助かるんだが」

『ふふっ』

「あ、こら、笑うな!」

ただの心優しい青年に、僕は微笑んで言った。

「よろこんで」


◇とある日の山寺

那駄が山のあやかしに向け、廃寺に集まるよう通達したとある朝。

夜夜子は髪を整えながら、那駄の呪いを祓った少女のことを思い出していた。

『そういえばあの子、今何してるのかしら』

『…』

点は黙って足の親指を擦り合わせている。

はじめは殺そうとしていたものの、人間の立場から那駄を助けてくれたあの子が気になるのだろう。

智伊吉がうんうん、とうなずく。

『そうだなぁ、おいらも会いたいなぁ』

『べ、別に会いたいとは言ってないでしょ。なんとなく今どうしてるのか気になっただけよ』

『おんなじだなぁ』

『…おんなじ』

『違うってば!』

「みんな揃ってるかー」

那駄は数を数えかけて諦めた。

廃寺が今にもはちきれそうなくらいぎゅうぎゅう詰めのあやかし達。

後ろのやつには…見えてるのか、これは。

まあいい。

「今日集まってもらったのは、他でもない。この山に新人が入ったからだ。

これから仕事を共にすることもあるだろう。

よろしく頼む」

その新人の姿に、あやかし達はざわめいた。

目を隠すように巻かれた布。

透けるように白い手指。

上品な白打掛。

外から差し込む光に輝く、白い髪。

『あいつ一体何者だ…?』

『わかんねぇ…でも、ひとつだけ分かることがあるよな…』

『おう…』

鼻と口だけでもわかる。

この新人、上玉だ。

目隠しの下絶対美形。

『お前、あの布キレはいでこいよ』

『やだよ、お前行けよ』

ざわめきの中、新人が一歩前に進み出た。

思わず一歩下がるあやかし達。

『目元を隠してるけど、怪しい者じゃないよ!

まだ名前がないから、なんでも好きなように呼んでくれ。

これからよろしくね』

紹介ありがとうねぇ、と新人が那駄の頭を撫でる。

周囲から集まる好奇の視線。

あの那駄が…

『照れてる』

『照れてるわ』

『照れてるなぁ』

『…照れてる』

「うるさい!!!」

たぁんと帳簿で床を叩くと、もぞもぞと動きながら大人しくなるあやかし達。

ぐりぐりと那駄を頭ごと抱え込んだ新人が首を傾げる。

『那駄は一番年下なんだろ?なんで愛でてやらないんだ』

『仕事では取締役だから…』

『えぇぇ!こいつ可愛いじゃないか。ねぇ、夜夜子ちゃん』

かんざしを差した頭の上にはてなが浮かぶ。

夜夜子の中では那駄は、かっこいい・男前・二枚目・頼れる主であった。

『みんな愛くるしいなぁ。ここは可愛い天国だ』

鼻歌でも歌い出しそうな様子にどよめく仲間たち。

しかし、四半刻後。

『あー!でよ、そこで隣山の天狗がよォ!』

『わかるわかる。あの人そういうとこあるよねぇ、最後に美味しいとこ全部持ってくっていうか』

『なんでぇ目隠シ、お前若いくせにわかってんじゃねぇか』

『あっはっはっ』

廃寺には楽しげな笑い声が響いていた。

「……」

そんな光景を、那駄は複雑な気持ちで見守った。

点がこっそりと那駄の袖を引っ張る。

『那駄』

「…なんだ」

『…あいつ、何者』

ううむ。と考えた後、那駄は微笑んで言った。

「ただの、お人好し」


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「…さて、と」

那駄は大きく息を吸ってにこりと笑った。

「さあ!これだけ集まったことだし、最近の進捗を報告しようかお前達。

色んな仕事を頼んでたろ」

目を逸らして、凄い勢いで廃寺からいなくなるあやかし達。

「報告書、次会う時までに書いとけよー!」

大きな声が、山に響き渡った。

                                                



引立那駄の大捕物 -完-



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