ひきたてなだの大捕物 第一幕
- みうらさここ

- 2022年4月30日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年9月11日
◇もや
「え…?え…何…」
月明かりが照らすのは、灰色のもや。
『お、おお、お、お前、美味しそ、なもの、持ってるなぁ』
「…これ?」
私は、手に持っていたフライドチキンを指さした。
こんな時間に小腹が空いて、
月でも見ながら公園で食べようと、先程コンビニで買った物だ。
ざわざわと不穏な音を立てながら、
じりじりと近づいてくるそれは。
『も、もらったァァァ』
私に向かって、一気に覆い被さった。
月の光が、視界から消える。
「待てっつうの」
どこからか聞こえた声と同時に。
ピン、と何かに引っ張られたように、灰色のもやの動きが止まった。
『んがぁ。ナダ…』
「町の食べ物は美味しいけど、お前らが食べると腹壊すって言ったろ」
カラ、と下駄を転がしながら現れたのは、浴衣姿の青年。
ひとつにまとめた長い髪が風に揺れている。
何かを巻き取るような手の動き。
それに合わせて、少しずつ灰色のもやが青年の方に引き摺られていく。
キキキ…キキキ…
『だ、だって、人間ばっか、ずるいよぅ。おいらだって、油っこいもの、たくさん食べたいよう』
「んなこと言って、いつもお前、俺の隠してるポテチこっそり何枚か食べてるだろ。知ってるぞ」
『げ、げげぇ』
ポテチ…?
「大体、町に降りようって考えが浮かぶ時点で人間の食べ物に毒されてるだろ。大人しく山のもの食っとけ」
『だ、だってよぅ…』
キリキリ、という音が響いて、ついに男は灰色のもやの首根っこを掴んだ。
「悪い、うちのもんが邪魔したな。ゆっくり食ってくれ」
「ま、待ってください!」
停止していた脳が動き出す。
鼓動が耳の奥で鳴る。
「あなた、これに触れるんですか?」
「ああ。俺にはただのねずみに見えるが」
こんな大きい灰色のもやが、ねずみ…?
「今日は満月だから、まあ、そういうことだろ」
青年はなんてことなさそうに言う。
「じゃあな」
青年は、山の方に駆けていった。
灰色のもやの首根っこをがしりと掴み、
屋根から屋根へ飛び移りながら。
「…?」
夢でも見ていたのだろうか。
私は、手に握りしめていたものをかじった。
とっても美味しい。
いつものフライドチキンだった。
ばあちゃんの知恵袋
結局一睡もできず、そのまま朝を迎えた。
こんな不思議なこと、知り合いに話しても、なかなか信じてくれないだろう。
ならば。
「ばあちゃん!」
私は、ばあちゃんに昨日あったできことを話した。
ばあちゃんはうんうん、と頷いた後、茶葉の入った急須にお湯を注ぎながら言った。
「満月の日は、人と人でないものの距離が近ぁくなるからねぇ」
「それでね、その人、家の屋根をひょいひょい飛び越えて山の方にいったの」
「あのお山にはねぇ、あやかしが集まる廃寺があるねぇ」
おばあちゃんは、はい、と暖かいお茶を渡してくれた。
あったかい。
ばあちゃんの淹れるお茶は、心まで暖まる気がする。
なんだかほっとして、気持ちが緩んだ。
「はいじ?」
「もう使われなくなったお寺ってことねぇ」
使われなくなったお寺…?
「なんで怖いものが集まるのに、誰も壊さないの?」
「住んでる子がいるからねぇ」
「誰?」
ばあちゃんは、ずずず、とお茶を啜ってから言った。
「引立さんちの那駄くん」



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